。かたがたお住は四十九日でもすんだら、お民に壻《むこ》を当がつた上、倅のゐた時と同じやうに働いて貰はうと思つてゐた。壻には仁太郎の従弟《いとこ》に当る与吉を貰へばとも思つてゐた。
 それだけに丁度初七日の翌朝、お民の片づけものをし出した時には、お住の驚いたのも格別だつた。お住はその時孫の広次を奥部屋の縁側に遊ばせてゐた。遊ばせる玩具《おもちや》は学校のを盗んだ花盛りの桜の一枝だつた。
「のう、お民、おらあけふまで黙つてゐたのは悪いけんど、お前はよう、この子とおらとを置いたまんま、はえ、出て行つてしまふのかよう?」
 お住は詰《なじ》ると云ふよりは訴へるやうに声をかけた。が、お民は見向きもせずに、「何を云ふぢやあ、おばあさん」と笑ひ声を出したばかりだつた。それでもお住はどの位ほつとしたことだか知れなかつた。
「さうずらのう。まさかそんなことをしやあしめえのう。……」
 お住はなほくどくどと愚痴《ぐち》まじりの歎願を繰り返した。同時に又彼女自身の言葉にだんだん感傷を催し出した。しまひには涙も幾すぢか皺《しわ》だらけの頬を伝はりはじめた。
「はいさね。わしもお前さんさへ好《よ》けりや、いつま
前へ 次へ
全22ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング