がら御注意までに申し上げ候。頓首。
四月十三日 伊東《いとう》にて
[#地から2字上げ]芥川龍之介
佐佐木茂索《ささきもさく》様
二伸。小生と同じ宿に十二三歳の少女|有之《これあり》、腎臓病《じんざうびやう》とか申すことにて、蝋《らふ》のやうな顔色《かほいろ》を致し居り候。付き添《そ》ひ居り候は母親にや、但し余り似ても居らぬ五十|恰好《がつかう》の婦人に御座候。小生、今朝《こんてう》ふと応接室へ参《まゐ》り候所、この影の薄《うす》き少女、籐《とう》のテエブルの上へのしかかり、熱心に「けふの自習課題」を読み居り候。定めし少女も小生と同様、桜の花や花崗岩《みかげいし》や潮《しほ》の滴《したた》る海藻を想《おも》ひ居りしことと存じ候。これは決して臆測《おくそく》には無之《これなく》、少女の顔を一瞥《いちべつ》致し候はば、誰にも看取《かんしゆ》出来ることに御座候。小生は勿論「けふの自習課題」の作者に芸術的|嫉妬《しつと》を感じ候《さふらふ》。然れども恍惚《くわうこつ》たる少女の顔には言ふ可《べ》からざる幸福を感じ候。御同様文筆に従ひ居り候上は一行《いちぎやう》にてもかかる作
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