ではやはり是認しずにゐるか?
僕 僕は唯あきらめてゐる。
或声 しかしお前の責任はどうする?
僕 四分の一は僕の遺伝、四分の一は僕の境遇、四分の一は僕の偶然、――僕の責任は四分の一だけだ。
或声 お前は何と云ふ下等な奴だ!
僕 誰でも僕位は下等だらう。
或声 ではお前は悪魔主義者だ。
僕 僕は生憎悪魔主義者ではない。殊《こと》に安全地帯の悪魔主義者には常に軽蔑を感じてゐる。
或声 (暫く無言)兎に角お前は苦しんでゐる。それだけは認めてやつても善《い》い。
僕 いや、うつかり買ひ冠《かぶ》るな。僕は或は苦しんでゐることに誇りを持つてゐるかも知れない。のみならず「得れば失ふを惧《おそ》る」は多力者のすることではないだらう。
或声 お前は或は正直者かも知れない。しかし又或は道化者《だうけもの》かも知れない。
僕 僕も亦どちらかと思つてゐる。
或声 お前はいつもお前自身を現実主義者と信じてゐた。
僕 僕はそれほど理想主義者だつたのだ。
或声 お前は或は滅びるかも知れない。
僕 しかし僕を造つたものは第二の僕を造るだらう。
或声 では勝手に苦しむが善《い》い。俺はもうお前に別れるばかりだ。
僕
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