にしるべありてひきこしける。兵右衛門《へいゑもん》がかたにはかゝることゝは露しらず、本妻と下女《げぢよ》が修羅《しゆら》の苦患《くげん》をたすけんと御出家《ごしゆつけ》がたの金儲《かねまう》けとなりけるとなり。」
 この話は珍しき話にあらず。鈴木正三《すずきしやうざう》の同一の怪談を発見し得べし。唯|北※[#「王+睿」、第3水準1−88−34]《ほくせん》はこの話に現実主義的なる解釈を加へ、超自然を自然に翻訳《ほんやく》したり。そはこの話に止《とどま》らず、安珍《あんちん》清姫《きよひめ》の話を翻訳したる「紀州《きしう》日高《ひだか》の女|山伏《やまぶし》を殺す事」も然り、葛《くず》の葉《は》の話を翻訳したる、「畜類人と契《ちぎ》り男子《をのこ》を生む事」も然り。鉄輪《かなわ》の話を翻訳したる「妬女貴布禰明神《とぢよきぶねみやうじん》に祈る事」も然り。殊に最後の一篇は嫉妬の鬼《おに》にならんと欲せる女、「こは有《あり》がたきおつげかな。わが願《ぐわん》成就《じやうじゆ》とよろこび、其まま川へとび入りける」も、「ころしも霜月《しもつき》下旬の事なれば、(中略)四方《よも》は白たへの雪にうづみ、川風はげしくして、身体《しんたい》氷にとぢければ、手足もこごへ、すでに息《いき》絶《た》へんとせし時、」いつしか妬心《としん》を忘れしと云ふ、誰かこの残酷《ざんこく》なる現実主義者の諧謔《かいぎやく》に失笑一番せざるものあらん。

[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]

 更に又「孝子|黄金《こがね》の釜を掘り出し娘の事」を見よ。
「三八《さんぱち》といへる百姓は一人《ひとり》の母につかへて、至孝ならぶものなかりける。或年《あるとし》の霜月《しもつき》下旬の頃、母|筍《たけのこ》を食《しよく》し度《たき》由《よし》のぞみける。もとより貧しき身なれども、母の好みにまかせ、朝夕《あさゆふ》の食事をととのへすすむといへ共この筍《たけのこ》はこまりはてけるが、(中略)蓑笠《みのかさ》ひきかづき、二三丁ほど有《ある》所《ところ》の、藪を心当《こころあて》に行《ゆき》ける。積る朽葉《くちば》につもる雪、かきのけ/\さがせども、(中略)ああ天我をほろぼすかと泪《なみだ》と雪に袖《そで》をぬらし、是非《ぜひ》なく/\も帰る道筋、縄《なは》からげの小桶《こをけ》壱《ひと》つ、何ならんと取上げ見れば、孝子三八に賜《たまは》ると書付はなけれ共、まづ蓋《ふた》をひらけば、内よりによつと塩竹の子、金《かね》もらうたよりうれしく、(中略)女房にかくとしらすれば、同じ心の姑《しうとめ》思ひ、手ばやに塩だし鰹《かつを》かき、即時に羹《あつもの》となしてあたへける。其味|生《なま》なるにかはる事なく、母もよろこび大方《おほかた》ならず、いか成《なる》人のここに落せしや、是又|壱《ひと》つのふしぎ也。
「しかるにかほど孝心厚き者なれ共、※[#「てへん+峠のつくり」、第3水準1−84−76]《かせ》げばかせぐほど貧しく成り、次第/\に家をとろへ、今は朝夕《あさゆふ》のけぶりさへたえ/″\に成りければ、三八《さんぱち》女房に云ふやう、(中略)ふたりが中にまうけし娘ことし十五まで育てぬれ共、(中略)かれを都の方《かた》へつれ行き、勤奉公《つとめぼうこう》とやらんをさせ、給銀《きふぎん》にて一※[#「てへん+峠のつくり」、第3水準1−84−76]《ひとかせぎ》して見んと思ふはいかにと尋ぬるにぞ、わらはも疾《と》くよりさやうには思ひ候《さふら》へ共、(中略)と答へける。(中略)三八は身ごしらへして、娘うちつれ出でにける。名にしおふ難波《なには》の大湊《おほみなと》、先《まづ》此所《ここ》へと心ざし、少しのしるべをたずね、それより茶屋奉公にいだしける。(中略)扨《さて》此娘、(中略)つとめに出《いづ》る其日より、富豪の大臣かかり、早速《さそく》に身うけして、三八夫婦母おやも大阪へ引きとり、有りしにかはる暮《くらし》と成り、三八夏は蚊帳《かや》の代りにせし身を腰元《こしもと》共に床《とこ》を扇《あふ》がせ、女房は又|姑《しうとめ》にあたへし乳房《ちぶさ》を虎屋《とらや》が羊羹《やうかん》にしかへ、氷から鯉《こひ》も古めかしと、水晶の水舟《みづぶね》に朝鮮金魚を泳がせて楽しみ、是《これ》至孝のいたす所なり。」
 天は孝子に幸福を与へず。孝子に幸福を与へしものは何人《なんびと》かの遺失せる塩竹の子のみ。或は身を売れる一人《ひとり》娘のみ。作者の俗言を冷笑するも亦《また》悪辣《あくらつ》を極《きは》めたりと云ふべし。予《よ》はこの皮肉なる現実主義に多少の同情を有するものなり。唯唯作者の論理的|頭脳《づなう》は残念にも余り雋鋭《しゆんえい》ならず。「餓鬼聖霊会《がきしやうりやうゑ》を論ずる事」の
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