みになっているのですよ。それでも豚《ぶた》のように肥《ふと》った妙子はほんとうに彼女と愛し合ったものは達雄だけだったと思っているのですね。恋愛は実際至上なりですね。さもなければとうてい妙子のように幸福になれるはずはありません。少くとも人生のぬかるみを憎《にく》まずにいることは出来ないでしょう。――どうです、こう云う小説は?
主筆 堀川さん。あなたは一体|真面目《まじめ》なのですか?
保吉 ええ、勿論真面目です。世間の恋愛小説を御覧なさい。女主人公《じょしゅじんこう》はマリアでなければクレオパトラじゃありませんか? しかし人生の女主人公は必ずしも貞女じゃないと同時に、必ずしもまた婬婦《いんぷ》でもないのです。もし人の好《い》い読者の中《うち》に、一人でもああ云う小説を真《ま》に受ける男女があって御覧なさい。もっとも恋愛の円満《えんまん》に成就《じょうじゅ》した場合は別問題ですが、万一失恋でもした日には必ず莫迦莫迦《ばかばか》しい自己犠牲《じこぎせい》をするか、さもなければもっと莫迦莫迦しい復讐的精神を発揮しますよ。しかもそれを当事者自身は何か英雄的行為のようにうぬ惚《ぼ》れ切ってする
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