ずれ遠い事ではないのに違いない。そうだ。すべては行く処へ行きついた。それも単に、復讐の挙が成就《じょうじゅ》したと云うばかりではない。すべてが、彼の道徳上の要求と、ほとんど完全に一致するような形式で成就した。彼は、事業を完成した満足を味ったばかりでなく、道徳を体現した満足をも、同時に味う事が出来たのである。しかも、その満足は、復讐の目的から考えても、手段から考えても、良心の疚《やま》しさに曇らされる所は少しもない。彼として、これ以上の満足があり得ようか。……
こう思いながら、内蔵助《くらのすけ》は眉をのべて、これも書見に倦《う》んだのか、書物を伏せた膝の上へ、指で手習いをしていた吉田忠左衛門に、火鉢のこちらから声をかけた。
「今日《きょう》は余程暖いようですな。」
「さようでございます。こうして居りましても、どうかすると、あまり暖いので、睡気《ねむけ》がさしそうでなりません。」
内蔵助は微笑した。この正月の元旦に、富森助右衛門《とみのもりすけえもん》が、三杯の屠蘇《とそ》に酔って、「今日も春恥しからぬ寝武士かな」と吟じた、その句がふと念頭に浮んだからである。句意も、良雄《よしかつ》
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