助が、その所謂《いわゆる》佯狂苦肉《ようきょうくにく》の計を褒《ほ》められて、苦《にが》い顔をしたのに不思議はない。彼は、再度の打撃をうけて僅に残っていた胸間の春風《しゅんぷう》が、見る見る中に吹きつくしてしまった事を意識した。あとに残っているのは、一切の誤解に対する反感と、その誤解を予想しなかった彼自身の愚に対する反感とが、うすら寒く影をひろげているばかりである。彼の復讐の挙も、彼の同志も、最後にまた彼自身も、多分このまま、勝手な賞讃の声と共に、後代まで伝えられる事であろう。――こう云う不快な事実と向いあいながら、彼は火の気のうすくなった火鉢に手をかざすと、伝右衛門の眼をさけて、情なさそうにため息をした。
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それから何分かの後《のち》である。厠《かわや》へ行くのにかこつけて、座をはずして来た大石内蔵助は、独り縁側の柱によりかかって、寒梅の老木が、古庭の苔《こけ》と石との間に、的※[#「白+轢のつくり」、第3水準1−88−69]《てきれき》たる花をつけたのを眺めていた。日の色はもううすれ切って、植込みの竹のかげからは
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