ようでございます。岡林杢之助《おかばやしもくのすけ》殿なども、昨年切腹こそ致されたが、やはり親類縁者が申し合せて、詰腹《つめばら》を斬らせたのだなどと云う風評がございました。またよしんばそうでないにしても、かような場合に立ち至って見れば、その汚名も受けずには居《お》られますまい。まして、余人は猶更《なおさら》の事でございます。これは、仇討《あだうち》の真似事を致すほど、義に勇みやすい江戸の事と申し、且《かつ》はかねがね御一同の御憤《おいきどお》りもある事と申し、さような輩を斬ってすてるものが出ないとも、限りませんな。」
 伝右衛門は、他人事《ひとごと》とは思われないような容子《ようす》で、昂然とこう云い放った。この分では、誰よりも彼自身が、その斬り捨ての任に当り兼ねない勢いである。これに煽動《せんどう》された吉田、原、早水、堀部などは、皆一種の興奮を感じたように、愈《いよいよ》手ひどく、乱臣賊子を罵殺《ばさつ》しにかかった。――が、その中にただ一人、大石内蔵助だけは、両手を膝の上にのせたまま、愈《いよいよ》つまらなそうな顔をして、だんだん口数をへらしながら、ぼんやり火鉢の中を眺めている
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