火あそび
彼女はかがやかしい顔をしてゐた。それは丁度朝日の光の薄氷《うすらひ》にさしてゐるやうだつた。彼は彼女に好意を持つてゐた。しかし恋愛は感じてゐなかつた。のみならず彼女の体には指一つ触《さは》らずにゐたのだつた。
「死にたがつていらつしやるのですつてね。」
「ええ。――いえ、死にたがつてゐるよりも生きることに飽《あ》きてゐるのです。」
彼等はかう云ふ問答から一しよに死ぬことを約束した。
「プラトニツク・スウイサイドですね。」
「ダブル・プラトニツク・スウイサイド。」
彼は彼自身の落ち着いてゐるのを不思議に思はずにはゐられなかつた。
四十八 死
彼は彼女とは死ななかつた。唯未だに彼女の体に指一つ触つてゐないことは彼には何か満足だつた。彼女は何ごともなかつたやうに時々彼と話したりした。のみならず彼に彼女の持つてゐた青酸加里を一罎《ひとびん》渡し、「これさへあればお互に力強いでせう」とも言つたりした。
それは実際彼の心を丈夫にしたのに違ひなかつた。彼はひとり籐椅子に坐り、椎《しひ》の若葉を眺めながら、度々死の彼に与へる平和を考へずにはゐられなかつた。
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