せずにはゐられなかつた。

     四十六 ※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]

 彼の姉の夫の自殺は俄かに彼を打ちのめした。彼は今度は姉の一家の面倒も見なければならなかつた。彼の将来は少くとも彼には日の暮のやうに薄暗かつた。彼は彼の精神的破産に冷笑に近いものを感じながら、(彼の悪徳や弱点は一つ残らず彼にはわかつてゐた。)不相変いろいろの本を読みつづけた。しかしルツソオの懺悔録さへ英雄的な※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》に充ち満ちてゐた。殊に「新生」に至つては、――彼は「新生」の主人公ほど老獪《らうくわい》な偽善者に出会つたことはなかつた。が、フランソア・ヴイヨンだけは彼の心にしみ透《とほ》つた。彼は何篇かの詩の中に「美しい牡」を発見した。
 絞罪を待つてゐるヴイヨンの姿は彼の夢の中にも現れたりした。彼は何度もヴイヨンのやうに人生のどん底に落ちようとした。が、彼の境遇や肉体的エネルギイはかう云ふことを許す訣《わけ》はなかつた。彼はだんだん衰へて行つた。丁度昔スウイフトの見た、木末《こずゑ》から枯れて来る立ち木のやうに。……

     四十七
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