たのは、確《たしか》に御嬢さんの妙子さんだ」
 遠藤は片手にピストルを握ったまま、片手に次の間の戸口を指さしました。
「それでもまだ剛情を張るんなら、あすこにいる支那人をつれて来い」
「あれは私の貰い子だよ」
 婆さんはやはり嘲るように、にやにや独《ひと》り笑っているのです。
「貰い子か貰い子でないか、一目見りゃわかることだ。貴様がつれて来なければ、おれがあすこへ行って見る」
 遠藤が次の間へ踏みこもうとすると、咄嗟《とっさ》に印度人の婆さんは、その戸口に立ち塞《ふさ》がりました。
「ここは私の家《うち》だよ。見ず知らずのお前さんなんぞに、奥へはいられてたまるものか」
「退《ど》け。退かないと射殺《うちころ》すぞ」
 遠藤はピストルを挙げました。いや、挙げようとしたのです。が、その拍子に婆さんが、鴉《からす》の啼《な》くような声を立てたかと思うと、まるで電気に打たれたように、ピストルは手から落ちてしまいました。これには勇み立った遠藤も、さすがに胆《きも》をひしがれたのでしょう、ちょいとの間は不思議そうに、あたりを見廻していましたが、忽ち又勇気をとり直すと、
「魔法使め」と罵《ののし》り
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