何を見て上げるんですえ?」
婆さんは益《ますます》疑わしそうに、日本人の容子《ようす》を窺《うかが》っていました。
「私の主人の御嬢さんが、去年の春|行方《ゆくえ》知れずになった。それを一つ見て貰いたいんだが、――」
日本人は一句一句、力を入れて言うのです。
「私の主人は香港《ホンコン》の日本領事だ。御嬢さんの名は妙子《たえこ》さんとおっしゃる。私は遠藤という書生だが――どうだね? その御嬢さんはどこにいらっしゃる」
遠藤はこう言いながら、上衣《うわぎ》の隠しに手を入れると、一|挺《ちょう》のピストルを引き出しました。
「この近所にいらっしゃりはしないか? 香港の警察署の調べた所じゃ、御嬢さんを攫《さら》ったのは、印度人らしいということだったが、――隠し立てをすると為《ため》にならんぞ」
しかし印度人の婆さんは、少しも怖《こわ》がる気色《けしき》が見えません。見えないどころか唇《くちびる》には、反って人を莫迦にしたような微笑さえ浮べているのです。
「お前さんは何を言うんだえ? 私はそんな御嬢さんなんぞは、顔を見たこともありゃしないよ」
「嘘《うそ》をつけ。今その窓から外を見てい
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