わが家の古玩
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蓬平作《ほうへいさく》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)父|龍池作《りゆうちさく》
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(例)[#地から1字上げ](昭和二年)
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蓬平作《ほうへいさく》墨蘭図《ぼくらんづ》一幀《いつたう》、司馬江漢作《しばかうかんさく》秋果図《しうくわづ》一幀、仙?作《せんがいさく》鐘鬼図《しようきづ》一幀、愛石《あいせき》の柳陰呼渡図《りういんことづ》一幀、巣兆《さうてう》、樗良《ちよら》、蜀山《しよくさん》、素檗《そばく》、乙二等《おつじら》の自詠を書せるもの各一幀、高泉《かうせん》、慧林《ゑりん》、天祐等《てんいうら》の書各一幀、――わが家《や》の蔵幅《ざうふく》はこの数幀のみなり。他にわが伯母の嫁《とつ》げる狩野勝玉作《かのうしようぎよくさく》小楠公図《せうなんこうづ》一幀、わが養母の父なる香以《かうい》の父|龍池作《りゆうちさく》福禄寿図《ふくろくじゆづ》一幀|等《とう》あれども、こはわが一族を想《おも》ふ為に稀《まれ》に壁上《へきじやう》に掲ぐるのみ。陶器をペルシア、ギリシア、ワコ、新羅《しらぎ》、南京古赤画《なんきんこあかゑ》、白高麗《はくかうらい》等を蔵すれども、古織部《こおりべ》の角鉢《かくばち》の外《ほか》は言ふに足らず。古玩《こぐわん》を愛する天下の士より見れば、恐らくは嗤笑《しせう》を免《まぬか》れざるべし。わが吉利支丹《キリシタン》の徒の事蹟を記《き》せるを以て、所謂《いはゆる》「南蛮もの」を蔵すること多からんと思ふ人々もなきにあらざれども、われは数冊の古書の外《ほか》に一体のマリア観音《くわんおん》を蔵するに過ぎず。若しわれをしも蒐集家《しうしふか》と言はば、張三李四《ちやうさんりし》の徒も蒐集家たるべし。然れどもわが友に小穴一游亭《をあないちいうてい》あり。若し千古の佳什《かじふ》を得んと欲すれば、必《かならず》しもかの書画家の如く叩頭百拝《こうとうひやくはい》するを須《もち》ひず。当来の古玩《こぐわん》の作家を有するは或は古玩を有するよりも多幸なる所以《ゆゑん》なり。
古玩は前人《ぜんじん》の作品なり。前人の作品を愛するは必《かならず》しも容易の業《わざ》にあらず。われは室生犀星《むろふさいせい》の陶器を愛するを見、その愛を共にするに一年有半を要したり。書画、篆刻《てんこく》、等《とう》を愛するに至りしも小穴一游亭に負ふ所多かるべし。天下に易々《いい》として古玩を愛するものあるを見る、われは唯わが性《さが》の迂拙《うせつ》なるを歎《たん》ずるのみ。然れども文章を以て鳴るの士の蒐集品を一見すれば、いづれも皆古玩と称するに足らず。唯室生犀星の蒐集品はおのづから蒐集家の愛を感ぜしむるに足る。古玩にして佳什《かじふ》ならざるも、凡庸《ぼんよう》の徒の及ばざる所なるべし。
われは又|子規居士《しきこじ》の短尺《たんじやく》の如き、夏目《なつめ》先生の書の如き、近人の作品も蔵せざるにあらず。然れどもそは未《いま》だ古玩たらず。(半《なか》ば古玩たるにもせよ。)唯近人の作品中、「越哉《ゑつさい》」及び「鳳鳴岐山《ほうめいきざん》」と刻せる浜村蔵六《はまむらざうろく》の石印《せきいん》のみは聊《いささ》か他に示すに足る古玩たるに近からん乎《か》。わが家《や》の古玩に乏しきは正に上《かみ》に記《しる》せるが如し。われを目《もく》して「骨董《こつとう》好き」と言ふ、誰か掌《たなごころ》を拊《う》つて大笑《たいせう》せざらん。唯われは古玩を愛し、古玩のわれをして恍惚《くわうこつ》たらしむるを知る。売り立ての古玩は価《あたひ》高うして落札すること能《あた》はずと雖《いへど》も、古玩を愛するわが生の豪奢《がうしや》なるを誇るものなり。文章を作り、女人《によにん》を慕ひ、更に古玩を弄《もてあそ》ぶに至る、われ豈《あに》君王《くんわう》の楽しみを知らざらんや。旦暮《たんぼ》に死するも亦《また》瞑目《めいもく》すと言ふべし。雨後《うご》花落ちて啼鳥《ていてう》を聴く。神思《しんし》殆《ほとん》ど無何有《むかう》の郷《さと》にあるに似たり。即ちペンを走らせて「わが家の古玩」の一文を艸《さう》す。若し他日わが家の古玩の目録となるを得ば、幸甚《かうじん》なるべし。
[#地から1字上げ](昭和二年)
[#地から1字上げ]〔遺稿〕
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
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終わり
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