異国より移し植えたる、名も知らぬ草木《くさき》の薫《かぐわ》しき花を分けて、ほの暗き小路を歩み居しが、ふと眼《まなこ》を挙げて、行手を見れば、われを去る事十歩ならざるに、伴天連《ばてれん》めきたる人影《ひとかげ》あり。その人、わが眼を挙ぐるより早く、風の如く来りて、問いけるは、「汝、われを知るや」と。われ、眼《まなこ》を定めてその人を見れば、面《おもて》はさながら崑崙奴《こんろんぬ》の如く黒けれど、眉目《みめ》さまで卑しからず、身には法服《あびと》の裾長きを着て、首のめぐりには黄金《こがね》の飾りを垂れたり。われ、遂にその面を見知らざりしかば、否と答えけるに、その人、忽ち嘲笑《あざわら》うが如き声にて、「われは悪魔「るしへる」なり」と云う。われ、大《おおい》に驚きて云いけるは、「如何ぞ、「るしへる」なる事あらん。見れば、容体《ようだい》も人に異らず。蝙蝠《かわほり》の翼、山羊の蹄《ひずめ》、蛇《くちなわ》の鱗《うろこ》は如何にしたる」と。その人答うらく、「悪魔はもとより、人間と異るものにあらず。われを描《えが》いて、醜悪絶類ならしむるものは画工のさかしらなり。わがともがらは、皆われの如
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