かれたそうでござる。」そこで、「そなたは何処のものじゃと御訊《おたず》ねあったれば、一所不住《いっしょふじゅう》のゆだやびと」と答えた。が、上人も始めは多少、この男の真偽を疑いかけていたのであろう。「当来の波羅葦僧《はらいそう》にかけても、誓い申すべきや。」と云ったら、相手が「誓い申すとの事故、それより上人も打ちとけて、種々《くさぐさ》問答せられたげじゃ。」と書いてあるが、その問答を見ると、最初の部分は、ただ昔あった事実を尋ねただけで、宗教上の問題には、ほとんど一つも触れていない。
それがウルスラ上人と一万一千の童貞《どうてい》少女《しょうじょ》が、「奉公の死」を遂げた話や、パトリック上人の浄罪界《じょうざいかい》の話を経て、次第に今日の使徒行伝《しとぎょうでん》中の話となり、進んでは、ついに御主《おんあるじ》耶蘇基督《エス・クリスト》が、ゴルゴダで十字架《くるす》を負った時の話になった。丁度この話へ移る前に、上人が積荷の無花果《いちじゅく》を水夫に分けて貰って、「さまよえる猶太人」と一しょに、食ったと云う記事がある。前に季節の事に言及した時に引いたから、ここに書いて置くが、勿論大し
前へ
次へ
全17ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング