。大方の諸君子にして、予が常識の有無を疑はれなければ幸甚である。
一 山ずまひのこと
遠い昔のことでおぢやる。「しりあ」の国の山奥に、「れぷろぼす」と申す山男がおぢやつた。その頃「れぷろぼす」ほどな大男は、御主《おんあるじ》の日輪の照らさせ給ふ天《あめ》が下はひろしと云へ、絶えて一人もおりなかつたと申す。まづ身の丈は三丈あまりもおぢやらうか。葡萄蔓《えびかづら》かとも見ゆる髪の中には、いたいけな四十雀《しじふから》が何羽とも知れず巣食うて居つた。まいて手足はさながら深山《みやま》の松檜にまがうて、足音は七つの谷々にも谺《こだま》するばかりでおぢやる。さればその日の糧《かて》を猟《あさ》らうにも、鹿熊なんどのたぐひをとりひしぐは、指の先の一ひねりぢや。又は折ふし海べに下り立つて、すなどらうと思ふ時も、海松房《みるぶさ》ほどな髯《ひげ》の垂れた顋《おとがひ》をひたと砂につけて、ある程の水を一吸ひ吸へば、鯛《たひ》も鰹《かつを》も尾鰭《おびれ》をふるうて、ざはざはと口へ流れこんだ。ぢやによつて沖を通る廻船さへ、時ならぬ潮のさしひきに漂はされて、水夫《かこ》楫取《かんどり》の慌
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