から、そこに意を安んじて、発表する事にした。序《ついで》ながらありのままと云つても、事実の配列は必しもありのままではない。唯事実そのものだけが、大抵ありのままだと云ふ事をつけ加へて置く。

       一

 十一月の或晴れた朝である。久しぶりに窮屈な制服を着て、学校へ行つたら、正門前でやはり制服を着た成瀬に遇《あ》つた。こつちで「やあ」と云ふと、向うでも「やあ」と云つた。一しよに角帽を並べて、法文科の古い煉瓦造《れんぐわづくり》の中へはいつたら、玄関の掲示場の前に、又和服の松岡がゐた。我々はもう一度「やあ」と云つた。
 立ちながら三人で、近々出さうとしてゐる同人雑誌『新思潮』の話をした。それから松岡がこの間、珍しく学校へ出て来て、西洋哲学史か何かの教室へはいつたが、何時《いつ》まで待つても、先生は勿論学生も来る容子《ようす》がない。妙だと思つて、外へ出て小使に尋《き》いて見たら、休日だつたと云ふ話をした。彼は電車へ乗る心算《つもり》で、十銭持つて歩きながら、途中で気が変つて、煙草屋へはいると、平然として「往復を一つ」と云つた人間だからこんな事は家常茶飯である。その中《うち》に、傴僂
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