あの頃の自分の事
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)懸念《けねん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)早速|毎時《いつ》もの

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「彳+詆のつくり」、第3水準1−84−31]徊《ていくわい》

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)怪しげな 〔a` la Huysmans〕 の
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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 以下は小説と呼ぶ種類のものではないかも知れない。さうかと云つて、何と呼ぶべきかは自分も亦不案内である。自分は唯、四五年前の自分とその周囲とを、出来る丈こだはらずに、ありのまま書いて見た。従つて自分、或は自分たちの生活やその心もちに興味のない読者には、面白くあるまいと云ふ懸念《けねん》もある。が、この懸念はそれを押しつめて行けば、結局どの小説も同じ事だから、そこに意を安んじて、発表する事にした。序《ついで》ながらありのままと云つても、事実の配列は必しもありのままではない。唯事実そのものだけが、大抵ありのままだと云ふ事をつけ加へて置く。

       一

 十一月の或晴れた朝である。久しぶりに窮屈な制服を着て、学校へ行つたら、正門前でやはり制服を着た成瀬に遇《あ》つた。こつちで「やあ」と云ふと、向うでも「やあ」と云つた。一しよに角帽を並べて、法文科の古い煉瓦造《れんぐわづくり》の中へはいつたら、玄関の掲示場の前に、又和服の松岡がゐた。我々はもう一度「やあ」と云つた。
 立ちながら三人で、近々出さうとしてゐる同人雑誌『新思潮』の話をした。それから松岡がこの間、珍しく学校へ出て来て、西洋哲学史か何かの教室へはいつたが、何時《いつ》まで待つても、先生は勿論学生も来る容子《ようす》がない。妙だと思つて、外へ出て小使に尋《き》いて見たら、休日だつたと云ふ話をした。彼は電車へ乗る心算《つもり》で、十銭持つて歩きながら、途中で気が変つて、煙草屋へはいると、平然として「往復を一つ」と云つた人間だからこんな事は家常茶飯である。その中《うち》に、傴僂
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