けれ共、彼等の衣裳は自分の記憶に止つてゐない。それは自分があのかがやく女に心を奪はれてゐたからである。
自分は彼女に、是等の洞窟が此近傍で最、精霊の出没する所になつてゐるかどうかを、つれの娘に話してくれと願つた。彼女の唇は動いたが、答を聞きとる事は出来なかつた。自分は娘に手を、女王の胸に置けと命じた。さうしてからは、女王の云ふ事が娘によくわかつた。いや、此処が、最、精霊の集る所ではない。もう少し先きに、更に多く集る所がある。自分はそれから、精霊が人間をつれてゆくと云ふ事が真実《ほんとう》かどうか、真実ならば、精霊がつれて行つた霊魂の代りに、他の霊魂を置いてゆくと云ふ事があるかどうかを訊ねた。「我らは形をかへる」と云ふのが女王の答であつた。「あなた方の中で今までに人間に生まれた方がありますか。」「ある。」「来生以前にあなた方の中にゐたものを、私が知つてゐますか。」「知つてゐる。」「誰です。」「それを知る事はお前に許されてゐまい。」自分はそれから女王と其とも人とが、自分等の気分の劇化《ドラマチゼーシヨン》ではないかどうかと訊ねた。「女王にはわかりません、けれ共精霊は人間に似てゐますし、又
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