大抵人間のする事をするものだと云ひます」とかう自分の友だちが答へた。
自分は女王に、まだ色々な事を訊ねた。女王の性質をきいたり、宇宙に於ける彼女の目的をきいたりしたのである。けれ共それは唯彼女を苦めたやうに思はれた。
遂に女王は堪へきれなくなつたと見えて、砂の上にかう書いて見せた。――幻の砂である。足下に音を立ててゐる砂ではない。――「心づけよ、余りに多くわれらが上を知らむと求むる勿《なか》れ。」女王を怒らしたのを見て、自分は彼女の示してくれた事、話してくれた事を彼女に感謝した。そして又元の通り彼女を洞窟に帰らせた。暫してつれの娘が其夢幻から目ざめ、再此世の寒風を感じて、身ぶるひを始めた。
自分は是等の事を出来得る限り正確に話すのである。そして又話を傷けるやうな、何等の理論をも之に加へない。畢竟《ひつきやう》するにすべての理論は、憐む可きものである。そして自分の理論の大部は既に久しい以前に其存在を失つて仕舞つてゐる。
自分は、如何なる理論よりも、扉を啓く「象牙の門」の響を熱愛してゐる。そして又、其薔薇を撒く戸口をすぎたものゝみが、「角の門」の遠きかがやきを捕へ得る事を信じてゐる。われらがもし、占星者リリイがウインゾアの森に発した叫び―― REGINA, REGINA PIGMEORUM, VENI(女王よ。矮人の女王よ。我来れり。)の声をあげ、彼と共に神は夢に幼な児を訪れ給ふ事を記憶するなら、それは恐らくわれらの為に幸を齎すであらう。丈《たけ》高く、光まばゆき女王よ。願くは来りて、再、汝が黒める髪にかざせしほの暗き花を見せしめよ。
底本:「芥川龍之介全集 第一巻」岩波書店
1995(平成7)年11月8日発行
初出:「新思潮 第一巻第三号」
1914(大正3)年4月1日発行
※初出時の表題は、「「ケルトの薄明」より(イエーツ)」。署名は、柳川隆之介。
※原章題は、「宝石を食ふもの」が「The Eaters of Precious Stones」、「三人のオービユルンと悪しき精霊等」が「The Three O'Byrnes and the Evil Faeries」、「女王よ、矮人《わいじん》の女王よ、我来れり」が「Regina, Regina, Pigmeorum, Veni」。
入力:もりみつじゅんじ
校正:浅原庸子
2004年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング