私は菊を一株買つて庭へ植ゑた

人が来て
「つまらない……」と言ひさうなので
いそいで植ゑた

今日もしみじみ十一月が晴れてゐる


白に就て

松林の中には魚の骨が落ちてゐる
(私はそれを三度も見たことがある)


白(仮題)

あまり夜が更けると
私は電燈を消しそびれてしまふ
そして 机の上の水仙を見てゐることがある


雨日

午後になると毎日のやうに雨が降る

今日の昼もずい[#「い」に「ママ」の注記]ぶんながかつた
なんといふこともなく泣きたくさへなつてゐた

夕暮
雨の降る中にいくつも花火があがる


暮春


私は路に添つた畑のすみにわづかばかり仕切られて葱の花の咲いてゐるのを見てゐた
花に蝶がとまると少女のやうになるのであつた

夕暮
まもなく落ちてしまふ月を見た
丘のすそを燈をつけたばかりの電車が通つてゐた


秋日

一日の終りに暗い夜が来る
私達は部屋に燈をともして
夜食をたべる

煙草に火をつける

私達は昼ほど快活ではなくなつてゐる
煙草に火をつけて暗い庭先を見てゐるのである


初冬の日

窓ガラスを透して空が光る

何処からか風の吹く日である

窓を開けると子供の泣声が聞えてくる

人通りのない露路[#「路」に「ママ」の注記]に電柱が立つてゐる


恋愛後記

窓を開ければ何があるのであらう

くもりガラスに夕やけが映つてゐる


いつまでも寝ずにゐると朝になる

眠らずにゐても朝になつたのがうれしい

消えてしまつた電燈は傘ばかりになつて天井からさがつてゐる


初夏無題

夕方の庭へ鞠がころげた

見てゐると
ひつそり 女に化けた躑躅がしやがんでゐる


曇る

空一面に曇つてゐる

蝉が啼きゝれてゐる

いつもより近くに隣りの話声がする


夜の部屋

静かに炭をついでゐて淋しくなつた

夜が更けてゐた


眼が見えない

ま夜中よ

このま暗な部屋に眼をさましてゐて
蒲団の中で動かしてゐる足が私の何なのかがわからない


昼の街は大きすぎる

私は歩いてゐる自分の足の小さすぎるのに気がついた
電車位の大きさがなければ醜いのであつた


十一月の電話

十一月が鳥のやうな眼をしてゐる


十二月

炭をくべてゐるせと火鉢が蜜柑の匂ひがする

曇つて日が暮れて
庭に風がでてゐる


十二月

紅を染めた夕やけ

風と


ガラスのよごれ


夜の向ふ[#「ふ」に「ママ」の注記]に広い海のある夢を見た

私は毎日一人で部屋の中にゐた
そして 一日づつ日を暮らした

秋は漸くふかく
私は電燈をつけたまゝでなければ眠れない日が多くなつた




私は夜を暗い異様に大きな都会のやうなものではあるまいかと思つてゐる

そして
何処を探してももう夜には昼がない


窓の人

窓のところに肘をかけて
一面に広がつてゐる空を眼を細くして街の上あたりにせばめてゐる


お[#「お」に「ママ」の注記]可しな春

たんぽぽが咲いた
あまり遠くないところから楽隊が聞えてくる


愚かなる秋

秋空が晴れて
縁側に寝そべつてゐる

眼を細くしてゐる

空は見えなくなるまで高くなつてしまへ


秋色

部屋に入つた蜻蛉が庇を出て行つた
明るい陽ざしであつた


幻影

秋は露路[#「路」に「ママ」の注記]を通る自転車が風になる

うす陽がさして
ガラス窓の外に昼が眠つてゐる
落葉が散らばつている


雨の祭日

雨が降ると
街はセメントの匂ひが漂ふ

×

雨は
電車の足をすくはふ[#「ふ」に「ママ」の注記]とする

×

自動車が
雨を咲かせる

街は軒なみに旗を立てゝゐる


夜がさみしい

眠れないので夜が更ける

私は電燈をつけたまゝ仰向けになつて寝床に入つてゐる
電車の音が遠くから聞えてくると急に夜が糸のやうに細長くなつて
その端に電車がゆはへ[#「へ」に「ママ」の注記]ついてゐる




眠つている私の胸に妻の手が置いてあつた
紙のやうに薄い手であつた

何故私は一人の少女を愛してゐるのであつたらう


雨が降る

夜の雨は音をたてゝ降つてゐる

外は暗いだらう

窓を開けても雨は止むまい

部屋の中は内から窓を閉ざしてゐる

後記

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こゝに集めた詩篇は四五篇をのぞく他は一昨年の作品なので、今になつてみるとなんとなく古くさい。去年は二三篇しか詩作をしなかつた。大正十四年の末に詩集「色ガラスの街」を出してから四年経つてゐる。
この集は去年の春に出版される筈であつた。これらの詩篇は今はもう私の掌から失くなつてしまつてゐる。どつちかといふと、厭はしい思ひでこの詩集を出版する。私には他によい思案がない。で、この集をこと新らしく批評などをせずに、これはこのまゝそつと眠らして置い
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