はっきりした事を云はずに預けきりにして置いたので、抵当にほしいと云はれても仕方ない事だった。志津はさう思ふと堪らなくなって、今云はねば云ふ時がないやうな気がしだした。
「みさちゃんにお駄賃がなかったなむ!」おまきはさう云って次の間から煎餅を二三枚出して来てみさ子に持たせた。みさ子は引っ奪くる様にして口へ持って行った。志津はたうとう云ひ出せずに了った。(又今度の次に!)さう心の中で思ひ返した。
「どうもお世話様で……」志津はさう挨拶して、真っ暗な道へ出た。
「何んしろわしら方でもお宅の弁金をうんと背負込んでしまって……」
 さう幾度となく聞かされて来た言葉が今更重苦しく頭にこびりついてゐた。どうにも切迫詰って、おまさから内証で融通して貰った五円の金も今はとても払ふ見込はつかなかった。
 志津は底もなく滅入《めい》り込んで行く心持ちを感じ乍ら、重たい夜具を抱へて歩んだ。
          六
「今日はお暑かったなむ!」上の道から声を掛けられて畑にゐる志津は振り仰いだ。尾籠《びく》をつけたおときが立ってゐる。「もうどの位な?」
「やっと二眠起きたところ!」志津は答へた。
「おときさんとこは進んどるらなむ! 飼ひがおいいで……」
「昨日桑付けしたとこな。夜跨ぎになって手間が取れちまって……。なんしょ芽桑がちょっともないんで骨が折れてわしァふんと悲しくなったもの!」
 おときは溜息をつくやうにして云った。
「うちのもみんなとまってしまって……」
「ほんにこちらのもとまってしまった!陽気の加減だなむ!どうしたって芽は、四方咲でも作ってうんと肥やさにゃ駄目な!」おときはさう呟くやうに云ったがふと、
「ちょっとまあ、松下の畑を見て御覧な! なんたらいい芽が揃っとるら! 綺麗で目が醒めるやうぢゃな!」
 いかにも羨望に堪へぬ口調で云った。
 そこらは見下す位置になってゐる隣家の畑は今丁度夕陽があたって、一斉に伸び立った桑の若芽がみづみづと黄緑色の蓆《むしろ》をのべたやうに遠く見渡された。桑畑の茂りで隣家は大方隠れてゐる。
 おときは猶しばらく喋りつづけた。
「ほんに喜八郎まは如何だな! あのまんまいい向でおいでるらなむ!」
「ありがたうございます」
 志津は一寸頭を下げたが、大分いい様子だと云ふ事を話した。
「その節は色々心配しておくれて……」志津はもう一度頭を下げた。
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