「やあ、庄作さが来た!」子供達は馳け出した。
「庄作さ、乗しとくんな?」
 庄作は無愛想に頷いた。男の子も女の子も皆乗った。此処から森田部落迄二丁余り道は山の裾を曲がりくねってゐる。
「おォ!」向うから馬を曳いて来た若者はさう声を掛けたが其の儘又引き返して枝道へ避けた。「おかたじけよ!」庄作は通り過ぎようとして挨拶をした。
 橋のところで子供達は降りた。
 役場・郵便局・駐在所・医院・雑貨店・宿屋其他の家が一個所に集まって十四五軒町の形を作ってゐる。森田部落の中心地で最も賑やかな部落である。
 庄作は取りつきの精米所の前で馬をとめ、内部を覗き込んだ。誰も居ないらしくしん[#「しん」に丸傍点]としてゐて、土間隅の精米機が埃にまみれて、ベルトがたるみ切ってゐる。春過ぎてから精米所も殆ど閑散である。
「ぢゃァ帰りだ!」庄作はさう独り言を云って又曳き出した。旅館兼料理屋の吉野屋の前で庄作は車を停めた。
「庄作さ、今度久し振りだったなむ!」
 女房のおとしが出て来て云った。
「うむ、雨が降っとったもんで!」
 庄作は土間へ荷を下した。
「岡野屋から荷は出とらなんだかな?」
「どうだか知らんぜ。俺ら今日は肥料ばっかりだ!」
「庄作さ! 中屋の後家が待っとったぞ!」
 誰か炉端の方でさう怒鳴った。
 庄作はむっつりした顔の儘で馬を飼ってゐた。
「どうだい、景気は?」
 炉端の方へ入って行くと、留吉が上り端に腰掛けて茶を飲んでゐたがいきなり聞いた。
「呆れた話さ! 俺ァ馬に喰はせるに追はれとる……」
 庄作はさう云ひ乍ら土足の儘で炉端へ上り込んだ。それからおとしの酌んで来たコップの酒をチビリチビリ飲み乍ら世間話が続けられた。
「何しろお前、森田の山の材木が出た時分にゃァ日三台は曳っぱって来たんだでなあ! 山は坊主になる。薪一本出て行く荷は有りゃせん……。あれからこっち面白いこたぁさっぱりなくなった。是で又道が開けりゃ自動車だ。俺らの商売はもう上ったりだ……」
 庄作は歎息する様に云った。
「そいでもお前《めい》は金を溜《た》め込んどる話だで困らんが俺らは全く困るよ! 俺ァ繭が十両しとっても困っとったんだで、二両の端《はな》が欠けると来ちゃ法はつかんよ! 俺らは早く道路工事が始まりゃいいと思っとる。何んとか稼ぎが無けにゃ口が干上っちまふ……」
 留吉はさう云ひ乍ら立ち上った。
「俺
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