ぐに力なく消《き》えそうになる。
くまは、低《ひく》く長くうなりだした。それは、さっきまでほえたような声とちがって、大敵《たいてき》に出会《であ》った場合《ばあい》に、たがいにすきをねらってにらみ合っているような、不気味《ぶきみ》なものだった。
こっちの火勢《かせい》がよわければ、今にもとびかかろうかという気配《けはい》が見えた。
自分は、さっき石油《せきゆ》がこぼれたと思うあたりに、足で下に落ちているむしろをおしやり、手に持った一枚のもえかけたむしろを、楯《たて》のようにからだの前にかざしながら、足さきで、むしろに石油をしみこませようと、ごしごしと下のむしろをふみつづけた。
くまは、まだうなりながら、自分をにらみすえている。
手に持っているむしろが、消《き》えないうちに、手早《てばや》く自分は、床《ゆか》のむしろをひろい上げた。
石油がしみたのか、むしろがかわいていたのか、今度《こんど》は、勢《いきおい》よく一時にパッともえついた。
この機会《きかい》をはずしてはと、自分は、もう、おそろしさもわすれて――実《じつ》は、おそろしさのあまりだが――もえ上がるむしろを、ちょうど、スペインの闘牛士《とうぎゅうし》が使う赤いハンケチのようにふりながら、じりじりと前進《ぜんしん》した。
鼻《はな》さきでもえる火を見ては、くまもがまんができなかったのだろう。どしんと大きな音をひびかせて、うしろへとびのいた。
それといっしょに、またまどガラスの落ちくだける音がした。くまと自分ははじめと同じ位置《いち》にもどったわけだ。すみのかべ板《いた》に背中《せなか》をこすりつけて、立ったくまは、まるでまねきねこ[#「まねきねこ」に傍点]みたいなかっこうだった。(あとになってわかったことだが、くまは、ガラスまどに手をつっこんだひょうしに片手にけがをしたので、自然《しぜん》そんな手つきをしたのだ。)
この時、だしぬけに汽笛《きてき》が、ヒョーと鳴《な》った。下《くだ》りのカーブにかかる合図《あいず》なのだ。
自分でも、よく、それが、耳にはいったと思う。――自分は、なにもかもわすれて、うしろのガラスまどへ上半身《じょうはんしん》をつっこんだ。
しかし、どうしても足がぬけない。死にものぐるいでもがいているうちに、さいわいに、手が、ブレーキのハンドルにかかった。
自分は、宙《
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