現在が、慎作をひしぐ力の最大なものに違いはなかった。
前年からの借金が抜けない上に、養蚕の不成功に次ぐこの大旱だった。家産を傾むけた正直一途というものよりほかに、何の才能も持合わせない父は、目前の仕事を唯がむしゃら[#「がむしゃら」に傍点]にするより思案が無かった。日向を追っかけ廻る様になっても、まだ維新当時、区長という大役の下命された名誉を、晩酌の酔と共に吹聴することを忘れない祖父は、去年の春、祖父そっくりの頑固者だった兄が死ぬと共に、飾るべき何物もなく、只、ストーヴのように温かい資本家を憎む思想と感情とを土産に、顔を蒼くし髪を長くして帰郷するやいなや、農民運動に寧日ない慎作を目の敵にして、事々に小姑の様な執拗さで盾付いた。母は洗濯とボロ綴りに総ての時間を消費し、妹の絹は、あどけなさと快活な足音とを何処かで失くした様な佗しい小娘だった。
催促のはげしい負債返還の日が近づいても、一年の衣類代と肥料代に当てるべき養蚕の上り高さえ予想外に少くない現在如何にし様もない事は、碌々稼ぎを手伝えない慎作には身に沁みて分かっていた。仙人の様にしなびた脛を、一種超然たるあぐら[#「あぐら」に傍点]
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