刃が瞬間鋭くきらめいたが、忽ち拭われる様に消えた。藤本は血のしたたり落ちる右腕を支え乍ら、微笑を忘れていなかった。左右から警官に掴まれたその男は、荒々しい胸毛の胸をはだけて、闘犬の様に吠え立てた。
「俺は、白東会の前川だ、正成じゃないが、七度生れ変って国賊を誅すぞ」
 犯人を奪おうとして犇く群衆に、揉みほぐされそうになり乍ら警官は退場した。

 藤本の右腕は失われた、だが、彼の逞しい勇気には、失くした右腕だけ附加した様だ。
「なあ、慎ちゃん、こうして俺達の意志は鍛金の様に強くされるんや。白東会の彼等、俺が右腕やられたさかい、もう争議には出るまいて言いふらして居るそうだが、ふン、右腕一本位で、屁こたれる品物と、品物が違うわい。左手と足がまだ二本もあるやないか、かりに、これ皆やられて胴ばかりになっても、若し生きてさえいたら、俺は止めんぞ、そうなったら慎ちゃん、いざり[#「いざり」に傍点]勝五郎やないが乳母車にでも乗って、君に後押して貰うわははは」
「ああいいとも、後押しは引受けた。」
 藤本の凄まじい闘志に、却って励まされる形であったが、それでも慎作は、久しぶりで心の底からはっきりものを言
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