り」に傍点]が離れず、頭では間断なく理智の鐘が鳴った。何のこれしき、闘争児の総てが舐める苦痛ではないか、高く批判せよ、あらゆる煩悶を情熱の糧にせよ! けれど、この呟やきも野面を渡る一陣の風であった。一戦ぎの後に、古沼の様な憂欝が襲いかかった。これが、毎日の闘争にまで尾を引いた。今まで気にも止めなかった同志の、ふと不用意に洩す利己的な言葉の端が、棘の様に心にささり、ともすれば白眼をむきたがる仲間の百姓に、日頃にない軽蔑を覚えたりした。
慎作は恐れ乍らも想った。もう一つの苦痛が、より大きい試練がほしい、それに依って現在の如何にもならないこの怯懦が、このまま絶望の底へ沈潜してしまうか、或はまた、それを契機として再び暁雲の様に情熱が染め出されるか……いささかこの希求に不安とあるおこがましさを覚えつつも、抱かずにはいられなかった。
白東会を雇って応戦準備を整えた地主達は、戦艦の様に落着き、小作人達の結成を眼下に視下した。「農民組合を脱退して来い。すべての交渉はそれからの事だ」これが動かない最後の返答だった。
示威と結成の固めを兼ねて、大演説会がS寺の電気のない大広間で開催された。説教壇に弁士が立って激烈な言葉を吐いた。百目蝋燭が聴衆のどよめきにゆらぎ[#「ゆらぎ」に傍点]、その都度、触け合った陰影が生物の如く躍った。
藤本が演台に立った。川っ縁や林で鍛えた声が、二十四にしては朗々として太かった。金色の仏具に反映する柔かな光芒、感激に息を呑む聴衆、一堂の場景は何か尊厳な、旧《ふる》びたフィルムの様だった。藤本の論点は白東会に及んだ。
「……諸君、地主は遂に白東会を抱き込んだ。これが彼奴等の常套的な最後の手段なのだ。白東会とは何か……名を正義に藉りたる暴力団に過ぎないではないか! 彼等地主は、今や悪剣をとって立ったのだ。諸君は、桜田門外の雪が血に染められたのは! 井伊の握った暴剣の報いであることを忘れないだろう。我等、正義を主張する、国宝たるべき百姓に、剣を持って臨まんとする彼等……」
この時であった。演壇の直前にすっくと立あがった一人があった。おや、と思う間もなく人蔭は演壇に飛びあがった。
「国賊ッ」叫喚が礫《つぶて》の様に聴衆を打った。
と、白刃がサッと光芒を切って、高く翳された藤本の右腕に、にぶい強靱な音を立てた。慎作は駈け寄った。どっと殺到する群衆の上で、白
前へ
次へ
全17ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
山本 勝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング