ゝろ》をば誰れと与《とも》にか語り候ふべき。げに彼《か》の夜は物静かなる夜にて候ひき。一燈の下、小生は筆を取りて何事をか物し候ひし折のことなり、如何なる心の機《はずみ》にか候ひけむ、唯だ忽然はつと思ふやがて今までの我が我ならぬ我と相成《あひなり》、筆の動くそのまゝ、墨の紙上に声するそのまゝ、すべて一々超絶的不思議となつて眼前に耀き申候[#「はつ」を除いて「忽然はつと思ふやがて今までの我が我ならぬ我と相成、筆の動くそのまゝ、墨の紙上に声するそのまゝ、すべて一々超絶的不思議となつて眼前に耀き申候」に白丸付く、「はつ」には傍点]。この間|僅《わづ》かに何分時といふ程に過ぎずと覚ゆれど、而《し》かもこの短時間に於ける、謂《い》はば無限の深き寂しさの底ひより、堂々と現前せる大いなる霊的活物とはたと行き会ひたるやうの一種の Shocking 錯愕、驚喜の意識は、到底筆舌の尽くし得る所にあらず候[#「はた」と「 Shocking 」を除いて、「堂々と現前せる大いなる霊的活物とはたと行き会ひたるやうの一種の Shocking 錯愕、驚喜の意識は、到底筆舌の尽くし得る所にあらず候」に白丸付く、「はた」には傍点]。唯だ兄の直覚に訴へて御推察を乞ふの外之れなく、今はその万一をだに彷彿《はうふつ》する能《あた》はず候。
兄よ、如何にか思ひ給ふ、小生の如き一面随分批評的、学究的精神をもてるものに、このやうな東洋的、中世紀的とも申すべき神秘的実験あるベしとは、如何にもあり得まじき不思議事と思ひ給はずや。小生自身にも、其の後両三日の間は、何だか狐《きつね》にでもつまゝれたるやうの心地いたし候ひしが、程たつに従ひ、件《くだん》の自覚は益々[#「々」は、底本では踊り字の「二の字点」]《ます/\》明瞭確実と相成、其の驚絶の事実は、不壊金剛《ふゑこんがう》の真理となつて光明を放ち来たり申候。今日は最早《もはや》一点動かすべからざる、疑ふべからざる心霊上の事実となり、力と相成申候。(下略)
[#引用文ここまで]
 これ実に昨十一月の某夜、十一時頃に起こりたる出来事なりとす。予はこの実験につきては、最早言ふ所なかるベし、そは如何なる妙文辞を傭《やと》ひ来たるとも、最早こゝに書き記したるより以上の事を説き明かし得べくも思はれざれば也。真理は簡明也。真理をして真理自らを語らしめよ。言詮の繁重は真理の累《わづらひ》也。
 さあれ予は件《くだん》の見神の意識につきて、今一つの言説すべき者あるを感じたり。そは他にもあらず、予が曩《さき》に「我が我ならぬ我となりたり」といひ、「霊的活物とはた[#「はた」に傍点]と行き会ひたり[#「行き会ひたり」に傍点]」と言へるが如き言葉の、尚《な》ほやゝ疎雑《ルーズ》の用法ならざる乎《か》との疑ひ、読者にあらんかとも思ひたれば也。されば、予をして今一度最も厳密に件の意識を言ひ表はさしむれば、今まで現実の我れとして筆|執《と》りつゝありし我れが、はつと思ふ刹那に忽ち天地の奥なる実在と化《な》りたるの意識、我は没して神みづからが現に筆を執りつゝありと感じたる意識[#「今まで現実の我れとして筆執りつゝありし我れが、はつと思ふ刹那に忽ち天地の奥なる実在と化りたるの意識、我は没して神みづからが現に筆を執りつゝありと感じたる意識」に白丸付く]とも言ふべき歟《か》。これ予が超絶、驚絶、駭絶の事実として意識したる刹那の最も厳密なる表現也。予は今、これ以上、又以外にこの刹那に於ける見証の意識を描くの法を知らざる也。予は如是《かくのごとく》に神を見たり、如是に神に会へり。否《いな》、見たり[#「見たり」に傍点]といひ会へり[#「会へり」に傍点]といふの言葉は、なほ皮相的、外面的にして迚《とて》もこの刹那の意識を描尽するに足らず、其は神我の融会也、合一也、其の刹那に於いて予みづからは幾《ほと》んど神の実在に融け合ひたるなり。我即《われすなはち》神となりたる也。感謝す、予はこの驚絶、駭絶の意識をば、直接に、端的に、神より得たり、一毫《いちがう》一糸だに前人の証権を媒《なかだち》とし、若《も》しくは其の意識に依傍したる所あらざる也。(彼等が間接なる感化は言はず。)
 顧みるに、予が従前の宗教的信仰といふもの、自得自証より来たれるは少なく、基督《キリスト》其の他の先覚の人格を信じ、若しくは彼等が偉大なる意識を証権として、其れに依り傍《そ》うて[#「依り傍うて」に傍点]幻《おぼろ》げに形づくりたる者、その多きに居りし也。半《なか》ばは他の声に和し、他の意識を襲うて、神をも見たりと感じ、神の愛をも知りぬと許したりし也。即ち間接に他より動かさるゝ所、其の多きに居りし也。後深く内部生活に沈潜するに及びては、一切前人の証権を抛《なげう》ち去つて、自ら独立にわが至情の要求に神の声を聴
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