の奕々《えき/\》たる触発の場合は、幾《ほと》んどあらざりし也。その是れありしは、昨三十七年の夏以後の事なり。今後は知らず、昨一年は予の宗教的生活史に於ける、謂《い》はば、光耀《くわうえう》時代、啓示時代なりきとも見るべく、予は実に昨一年間に於いて、不思議にも三たびまでもこれまでに経験したることなき稍々[#「々」は、底本では踊り字の「二の字点」]《やゝ》手答へある一種稀有の光明に接したるなり。而して其の最後のものを以て最も驚絶駭絶とす。
 最初の経験は昨年七月某日の夜半(日附を忘れたり)に於いて起こりぬ。予は病に余儀なくせられて、毎夜半|凡《およ》そ一時間がほど、床上に枯坐する慣《なら》ひなりき。その夜もいつもの頃、目覚めて床上に兀坐《こつざ》しぬ。四壁沈々、澄み徹《とほ》りたる星夜《ほしよ》の空の如く、わが心一念の翳《くもり》を著《つ》けず、冴《さ》えに冴えたり。爾時《そのとき》、優に朧《おぼ》ろなる、謂はば、帰依の酔ひ心地ともいふべき歓喜《よろこび》ひそかに心の奥に溢《あふ》れ出でて、やがて徐《おもむ》ろに全意識を領したり。この玲瓏《れいろう》として充実せる一種の意識、この現世《うつしよ》の歓喜と倫を絶したる静かに淋《さび》しく而かも孤独ならざる無類の歓喜は凡そ十五分時がほども打続きたりと思《お》ぼしきころ、ほのかに消えたり。(本書〔『病間録』〕一七九頁「宗教上の光耀」と題する一篇のうちに、感情的光耀につきて記したる一節は、この折の経験に基づきて物したるなり。予は従来とても多少これに類したる経験を有せざりしにはあらざりしが、此の夜のに於けるが如く純粋にして充実せるは無かりき。)予は未だありしこの夜の経験の深きこゝろを測りつくし辿《たど》り尽くすこと能《あた》はず。今なほ折々[#「々」は、底本では踊り字の「二の字点」]当夜の心状を朧ろに想起しては、天上生活の面影をしばし地上に偲《しの》ぶの感あるなり。
 今一つは昨年九月末の出来事に繋《つなが》れり。予は久しぶりにて、わが家より程遠からぬ湯屋に物せんとて、家人に扶《たす》けられて門を出でたり。折りしも霽《は》れ渡りたる秋空の下、町はづれなる林巒《りんらん》遠く夕陽を帯びたり。予はこの景色を打眺《うちなが》めて何となく心|躍《をど》りけるが、この刹那忽然《せつなこつぜん》として、吾れは天地の神と偕《とも》に、同時に、この森然たる眼前の景を観たり[#「吾れは天地の神と偕に、同時に、この森然たる眼前の景を観たり」に白丸傍点]てふ一種の意識に打たれたり。唯だこの一刹那の意識、而《し》かも自ら顧みるに、其は決して空華幻影の類《たぐ》ひにあらず。鏗然《かうぜん》として理智を絶したる新啓示として直覚せられたるなり。予は今尚ほ其の折を回想して、吾れ神と与《とも》に観たり[#「吾れ神と与に観たり」に傍点]てふその刹那の意識を批評し去る能はず。
 終はりに語らんとするもの、是れ曩《さき》に驚絶駭絶の経験と言ひたるものにして、これまで予が神の現前につきて経験せるもののうち、かくばかり新鮮、赫奕《かくえき》、鋭利、沈痛なるはあらじと思はるゝ程なり。予は今なほ之れを心上に反覆再現し得ると共に、倍々[#「々」は、底本では踊り字の「二の字点」]《ます/\》其の超越的偉大に驚き、倍々[#「々」は、底本では踊り字の「二の字点」]其の不動の真理なるを確めつゝあり。左に掲ぐるは、当時の光景を略叙してさる友に書き送れる書翰《しよかん》の大旨なり。
[#ここから引用文。一字下げ]
藪《やぶ》から棒に候《さふら》へども、いつぞや御話しいたし候ひし小生あの夜の実験以来、驚きと喜びとの余勢、一種のインスピレーションやうのもの存続いたし候《さふらひ》て、躰にも多少の影響なきを得ず候ひき。
彼《か》の事ありてこのかた、神に対する愛慕一しほ強く相成申候《あひなりまうしさふらふ》。如何《いか》にすればこの自覚を他に伝へ得べき乎《か》とは、この頃の唯一問題にて候也。一面にはこの自覚、人に知られたしとの要求|有之《これあり》候へど、他の一面には、更に真面目《まじめ》に、厳粛に、世の未だこの自覚に達せず又は達せんとて悩みつゝある多くの友に対する同情を催起いたし居《をり》候。この事によりて、小生幾分か、釈迦《しやか》の大悲や、基督《キリスト》の大愛を味ひ得たる感有之候也。
本年のうち小生はこれと併《あは》せて三たびほど触発の機会を得申候。他の二つの場合(前に陳《の》べたるものを斥《さ》す)も今|憶《おも》ひ出だし候てだに心|跳《をど》りせらるゝ一種の光明、慰籍《ゐしや》に候へども、先日御話いたしし実験は、最も神秘的にして亦《また》最も明瞭に、インテンスのものに候ひき。君よ、この特絶無類[#「特絶無類」に傍点]とも申すべき一種の自覚の意《こ
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