し、女が眼を覚ましてからは、極り悪い感じをより多く感じた。「仲前《なかめえ》」まで、女に送られて、
「また、明日《あちやあ》ん、めんそーり、よー。」
と云はれた時、彼は何物かに逐はれるやうな気持がして、急いで其処を出ると、人通りの少ない路次を通って家へ帰った。その日は家の人に顔を見られるのも極り悪い思ひがした。彼は何でもない事だと思ひ返さうとしても、如何しても、自分が悪い事をしてしまったやうな感じがするのを打ち消す事は出来なかった。
 もう二度と行くまいと思ったが、彼は友達に紹介されて、その女を買ったので、未だ女に金銭をやってはなかった。その金銭だけは持って行ってやらなければと考へて、その月の俸給を貰った晩、彼はそっと一人で、その女の居る楼《うち》に行った。彼は女の「裏座」に入ってから、碌に話もしないで、立て続けにお茶を二、三杯飲むと、(琉球人は盛んに支那茶を飲む)極り悪さうに、財布から五円札を一枚出して、女に渡した。女はそれを手にも取らないで、彼が帰りたさうにして居るのを見て取って、彼を引き留めた。恰度、其処へ入って来た女の朋輩も、
「遊《あし》びみ、そーれー、たい。」
 と云って一緒に彼を引き留めた。とう/\彼はその晩も其処で泡盛を飲んで、女の「裏座」に泊った。
 百歳は翌日、家に帰った時、母に俸給の残り十八円を渡して、後の五円は郵便貯金をしたと云った。さうして彼は母に、郵便貯金とは斯様々々のものであると云ふ事を可成り悉しく話した。母は黙って領いて居た。
 それから百歳は行くともなしに、二、三遍、女の所へ行った。逢ふ事が度重なるに随ってその女の何処となしに強く彼を惹き付ける或物を感じた。それは女の、柔かい美しい肉体だか、善良な柔順な性格だか、或ひは女の住んで居る楼の快い、華やかな気分だか、彼には解らなかった。彼はたゞ、磁石のやうに女に惹き付けられる気持をだん/\判然《はつきり》、感じて来た。
 その女は――カマルー小は、田舎では可成り田地を持って居る家の娘だったが、父が死んでから、余り智慧の足りない兄が、悪い人間に欺されて、さま/″\の事に手を出して失敗した為め、家財を蕩尽した上に、少からぬ負債を背負ったので、家計の困難や、その負債の整理の為めに、彼女は今の境涯に落ちたと云ふ事であった。さう云ふ話をする時の彼女は、初めに見た時とは違って、何処となくしんみりした調
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