」に傍点]。」
と云ふ女の声が聞えて、戸が開いた。女は友達の顔を見ると、二コリと笑って見せた。
「入《い》みそー、れー、たい。」
二人は「裏座《うらざ》」に導かれて行った。其処は六畳の間で、床には支那の詩を書いた軸物が掛って居るし、その傍には黒塗の琴が立てられてあった。片方の壁の前には漆塗りの帳箪笥が据ゑられて、真鍮の金具が新しく光って居る。その傍には低い膳棚《ぜんだな》が、これも未だ新しくて漆の香がとれないやうに見えた。その反対の側には六双の屏風が立てられて居るが赤い花の咲き乱れた梯梧の枝に白い鸚鵡《おうむ》が止って居る画が描かれてあった。
百歳の眼には凡てのものが美しく珍らしく見えた。
やがて、女達が朱塗の膳に戴せて酒肴を運んで来た。二人が酒を酌み交して居る間、女達は蛇皮線を弾いたり、歌を歌ったりした。十四、五に見える美しい妓が赤いけばけばした模様の着物を着て出て来て、扇を持って舞ったり、薙刀《なぎなた》をもって踊ったりした。
百歳は始めの中はてれて居たが、泡盛の酔が廻ると、自分でも珍らしい程はしゃぎ出した。終に彼は冗談を云って女達を笑せたり、妙な手つきで其処にあった鼓を叩いたりした。
その夜、百歳は始めて女を買った。彼の敵娼に定ったのは、「カマルー小」と云って、未だ肩揚のとれない、十七位の、人形のやうに円いのっぺりした顔をした妓であった。何処となく子供らしい甘へるやうな言葉付が彼の心を惹いたのであった。だが、酒宴を止めて愈々、その妓の裏座に伴れて行かれた時、彼は流石に、酔が覚めて、何とも知れぬ不安が萠して来るのを覚えた。彼は火鉢の猫板に凭りかかって、女が青い蚊帳を吊ったり、着物を着換てるのを、見ぬ振をして見て居た。着物を着換てる時、女のむっくり白く肉付いた肩の線が、彼の視線に触れた。しなやかな長い腕の動きが、彼の睚眦《まなじり》に震へを感じさせた。
薄い寝巻に着換へた女は、蚊帳の吊手を三方だけ吊った儘、彼の側へ寄って来た。彼は黙って土瓶の水を茶碗に注《つ》いで飲んだ。女は団扇を取り上げたが、扇ぎはせずに、矢張り火鉢に凭りかゝって、火鉢の中の白い灰を見入って居た。時々、女が深く息を吐《つ》くのが、彼の耳に聞えて居た。
翌朝、彼は青い蚊帳の中に、女の側に寝て居る自分を見出した。軽い驚駭と羞恥と、横隔膜の下からこみ上げて来る喜悦とを一緒に感じた。然
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