卒業後、傳通院の傍の法藏院といふのに菅君が前にゐた關係から下宿したが、そこは尼さんが出入りすると言つて、それを恐れてどうも氣に入らぬ、それでは俺のところへ來いと、菅君がその頃住つてゐた指ヶ谷町の家へ引ぱつて行つた。そこで最初に菅君を驚かすやうなことがあつたのだが、それは菅君が一番詳しく知つてゐる事で、自分が語るべきではない。
 又これらのことは夏目夫人が或は『思ひ出』の中に書いてゐるかも知れない。一體自分の知つてゐることは多分『思ひ出』の中やその他にすでに發表されてゐて、世人に耳新しいことはないだらう。又あるとしてもそれは下らないことであるからここに話すのも無駄のやうに思ふのだ。
       *
 さて夏目君と自分が一番多く會つてゐたのは熊本時代で、自分が行くより先に彼は行つてゐたのであるが、その時分は毎日のやうに會ふ機會があつたが、大してお話するやうな事柄も記憶にない。その後夏目君が洋行して、ロンドンの宿で鬱ぎ込んでゐるといふ消息を誰かが持つて來た。慰めてやらなければいかんといふのだが、その第一の理由は熊本へ歸りたくない、東京へどうかして出たいといふにあるらしい。
 そこで自分が其
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