2−22]電氣性を帶びた微粒子若干が集まり、其中の或者は中央の位地に集結し、他の者は恰も之を守る如く遠※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]に圍みながら、絶えず動いてゐる集團的組織である。而して或る原子は内部に不和でもあるかの如く自然に崩壞し、或る原子は外部より作用する暴力を以て、人工的に崩壞せしめ得ることが知られてゐる。即ち原子は永久不變のものでなく、變化の可能性あるのみならず、實際變化しつゝあるのである。又宇宙は昔は無限大とせられながら、不變の大精神の如きものが之を攝理して、其大世帶の機構は突飛の變化なきものと想はれてゐた。然るに近年恆星進化論が出で來り、常に大變化を成しつゝあることが證明せられるに至つたばかりか、所謂我々の宇宙は有限であるとの考も出で、アインシュタインは宇宙の半徑を10[#「10」は縦中横]9[#「9」は指数]光年程度のものと見積り、ハッブルは宇宙の膨脹する實景を觀測することに成功した。即ち我宇宙は無限不動のものではなく、進化發展するものである。
 事實網の兩極端の事實が不變性を失ふに至りたるは、今まで懷抱して來た恆久不易の通念を覆す重大事件である。是は學者の微視觀により明にせられたのであるが、中間事實の變化することは、巨視觀により常識を以て承認することが容易である。若し其所に偶※[#二の字点、1−2−22]不動不變と取られる事實あらば、これは原子の如く所謂安定状態に在るもので、成立に關する事情の掣肘を受け、餘儀なく靜止の状態を維持するまでのことで、何時崩壞するか保證し難いものである。即ち靜止は變化の一過程に過ぎないのである。茲に於て何が故に變化するかの問題は別として、事實網全體を事實として變化することが明にされた。思へば昔科學精神の幼稚な時代に諸行無常を説いた釋迦や萬物流轉と斷じたヘラクレイトスは驚くべき洞察を爲したものである。
 事實の存在するも變化するも、其儘事實であるから、それで差支ないと取る見方は、唯物論的、機械觀的或は決定論的傾向を生じ、何物か之を然らしめるのであると取る見方は、唯心論的、目的論的或は價値觀的傾向を生ずる。孰れの見方を執るも變化の事實を如何ともすることが出來ないのは明である。そこで古今の哲人が巨視的にも微視的にも考察を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]し、到達し得た一致の結論を要約すると、宇宙の隅から隅まで瀰漫する事實網の一々の事實は、大となく小となく密接に相關聯して脈動し、二六時中靜止することなく、刻々に變化を生起し、其結果事實網は新なる状態に移行する。而して此事實網經過の状態は何時始つたか何時終るか判然と知ることが出來ない、といふことになるのである。
 事實網は自ら變化して經過を辿る。あらゆる經過はその一部分を成すものに過ぎないことは云ふまでもない。即ち歴史は畢竟此等の經過の何處かを記述することで、如實に其眞相を寫取るものである。即ち經過は其儘歴史に現はれ、歴史は其儘經過を表はすこととなるのである。此意味に於て經過は歴史の實體であるとの見方が成立する。此見方を一歩進めると事實網も歴史的となり、否歴史の最後の本體となるのである。茲に於て歴史の意味は擴張し充實し飛躍するは申すまでもない。而してこの意味に於て宇宙は歴史を創成し、一々の事實は之に參加するものと解すべきである。
 宇宙は歴史であるとの見解は、學者の微視觀を根據として成立したのであるが、吾人は又常識の巨視觀を以て直に贊意を表するものである。即ち我々の經驗に於て、今日の宇宙を以て變化しつゝある現實とせざるを得ない。昨日の宇宙もさうしたものであつたのと慥かな覺えがある。更に明日の宇宙を打消す理由を見出すことが出來ない。かくして宇宙は大歴史を展開する事實を認めざるを得ないのである。洞察すれば左樣に簡單に片附くのであるが、ヘーゲルは辯證法と名ける論理の方式を案出し、縱横に振翳して切りまくつた結果は、矢張同しところに歸着した。これも一種の微視觀であるが、事物の一應の解釋を附ける力ありとするも、科學の微視觀と違ひ、眞相を盡し、豫言を適中せしめる如き能力を發揮し得ないものである、故に信じ過ぎると易者の群に墮する。又西南獨逸學派の哲學者は特有の歴史觀を成立し、事實を一囘的と見做し、之を價値觀で操り個性を附して登場せしめたのは、宛然立役を見る樣で面白くもあり、自然に愛着、自信の念を増長せしめ、個性を強固にする效力は確に認められる。故に此説は我執を維持する武器として歡迎される資格は十二分に有る。然りと雖も歸史の本義に徴するに、事物は相對的にして變化を餘儀なくするのが眞相であらねばならぬ。實際個性の筆頭と目すべき人格、國家でさへ、價値的には怪しからぬと評すべき力によつて崩壞する事實を目撃するのである。按ずるに一囘的個性觀は科學者
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