の同胞を仇敵視し、忽ち喧嘩を始むるを通性となしてゐるが、安藤の主張は事物の根本原則に立脚し、萬事を理解して決して爭ひを爲さない特性を有してゐるからである。この立脚地の相違に動機の純濁を發見するのであるから、玉石を混淆すべきでない。
 救世の道程としての農本共産あるを見た所で、後は唯自然世の何物たるかを見ることが殘つてゐるばかりである。しかるに安藤が其説明を試るであらうと思はれる顯正之卷の中、何所にも其記事が見當らない。私が見ることを得なかつた生死之卷に地獄極樂の存在を主張してゐるなど想ふことは子から親が生れると考へる位覺束ない話であり、他の部分は悉く自然現象の彼一流の説明を以て充たされてあるのを以て見れば、彼の考が那邊にあつたかと云ふことが推測出來ると思ふ。即ち自然性とは先づ罪惡の發生を最小ならしむる目的を以て準備的に布くところの農本制度の樹立に始まり、自然の現象の正確なる知識を獲得し、其知識により改良しつつ落着くところに落着くのを云ふのである。是は安藤にも具體案があらう筈がないので、書くことを見合したのであらう。
 私は安藤は醫者であつたらうと云ふことを推測して置いたが、彼は醫學以外
前へ 次へ
全53ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
狩野 亨吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング