を迷はし罪の穴に落し入るること大なる失りなり。と、かく論じ去るのである。此論法は直に又法律にも應用することの出來る性質のものであるから、そこで一切の政法も亦無效なりと申渡さるるのである。かくして法世の教法政法皆悉く互性活眞の蹂躙に委せられ、法律の權威も道徳の尊嚴も遂に三文の價値なしとせらるるに至るのである。
社會から在來の政教を全く取去つたとすれば、後は修羅の巷となるであらうと思ふのは普通の人の考へる所であらうが、之は理論的には必ずしもさうとは取れない。殊に安藤は政教に代ふるに自然の道を以つてし、法世に代ふるに之に優る社會組織を以てしようと考へて居たこと故、政教を蹴飛したのは當然のことで何も惡いこととは思つてゐない。此間に處する彼の信念の篤き意氣の盛なる實に驚歎すべきものがある。しかし是は自惚れから出た暴擧と取れないこともない。何となれば彼は自然を互性とのみ取り、因果と取ることを知らない。全く知らないではないが見方が徹底しない、是は甚しい片手落と云はなければならない。自然を横斷的靜的に觀ずれば彼の云ふところに道理はあるが、之を縱續的動的に觀ずれば一切の事物は因果の形式に現れ來り、皆必
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