ることが出來た。其本は原稿ではなく門人が寫したと思はるるもので、五册あるが完本ではない。此本を獲て幾分損失を恢復した樣な氣がしたものの、此書は門人に示す爲めの抄録のごとく思はれ、概要を瞰ふことは出來るが、内容の上にも修辭の上にも著しい差異があつて、同一人の著述としては甚だ見劣りがするのである。自然眞營道に在つては安藤は畢生の精力を傾注した思索の結果を、百年の後を期して書殘すのである[#「百年の後を期して書殘すのである」に白丸傍点]との用意のもとに筆を採つたものであるから、何等憚る所なく、最も大膽なる敍述をなし得たるため、一體に不文なる安藤も或は同情に驅られ、或は義憤に激せられて忽ち雄辯となり、古來聖人と尊ばれ英雄と崇められたる人物を拉し來つて叱責罵倒の標的となし、氣焔萬丈、全く當るべからざる勢を示し、極端なる場合には敢然決死の態度を以て痛烈肺肝を貫くの言を爲すのであつた。
 止むことを得ずして何時でも決死の態度をとつたらうと思はるる彼れ安藤は實は純粹なる平和主義の人であつた。平和を唱へながら直ぐと腕力に訴へる樣な族とは全然其選を異にしてゐたのである。彼の常に云ふ語に、我道には爭ひなし[
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