名を指名するとのことであつた。偖て指名された完全人は誰であつたか。曰く曾參。半人前の人は。曰く陶淵明。
 此人選の仕方を見れば安藤の衷心がよく分る。最早彼を疑ふ必要はあるまい。假令尚狂人であつたとしても、此程度の狂人なら全く安心して交際の出來るものと云はなければならない。されば寧ろ彼を狂人と見ることを止め、變つてはゐるが親しむべき人間であると取るのが至當であらう。
 以上は私が自然眞營道を讀んだ時の記憶を辿り、主として安藤の確信と決意の生じ來つた徑路を示し、兼ねて又彼が危險視すべき人物でなかつた證據を述べたのである。これだけのことを以て見ても彼は容易ならぬ人であつたと云へよう。もしその性行事蹟の詳かなるを知ることが出來たら、一層の興味を呼起すに足ることがあるかも分らない。しかし私はそれ等のことを調べる暇がなかつたので、從つて語るべき多くのものを持たないのを遺憾とする。唯ここに私の知り得た雜多のことを一つ書の如くに列記して、讀者諸君の參考に供することとする。興味を覺え餘暇を持ち自ら穿鑿して見ようと欲する諸君の手懸に利用せらるることあらば幸福の次第である。
 安藤昌益は確龍堂良中と號し、出
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