春の槍から帰って
板倉勝宣
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)籾《もみ》をひく
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]
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白馬、常念、蝶の真白い山々を背負った穂高村にも春が一ぱいにやってきた。あんずの花が目覚めるように咲いた百姓屋の背景に、白馬岳の姿が薄雲の中に、高くそびえて、雪が日に輝いて谷の陰影が胸のすくほど気持ちよく拝める。
乾いた田圃には、鶏の一群が餌をあさっている。水車の音と籾《もみ》をひく臼の音が春の空気に閉ざされて、平和な気分がいたるところに漲《みなぎ》っていた。
一歩を踏み出して烏川の谷に入ると、もう雪が出てくる。しかし岩はぜの花の香が鼻をつき、駒鳥の声を聞くと、この雪が今にもとけて行きそうに思う。しかしやがて常念の急な谷を登って乗越に出ると、もう春の気持ちは遠く去ってしまう。雪の上に頭だけ出したはい松の上を渡って行くと、小屋の屋根が、やっと雪の上に出ている。夕日は、槍の後に沈もうとして穂高の雪がちょっと光る。寒い風が吹いてきて焚木をきる手がこごえてくる。軒から小屋にはいこんで、雪の穴
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