上る雪煙
わがあとを人が追うか ふりむけば飛ぶ雪の影
ああわれは天に行く
テレマーク
雪を飛ばして行く 直滑降の後ろ姿
ひざまずくと思えば さっとたつ雪煙の中
側面の彼の姿 雪をきるスキーのきっさき
消え行く雪煙のさなかに 立ちあがる彼が得意の姿
停車場より温泉へ
星のみだるる北国の空
雪の上をチョロチョロ走るものあり
谷水の音聞きつ 星を仰ぎつ
四つんばいの怪物
スキーをかつぎ 雪の上を走る
北極の熊か 北の里に住む怪物か
その後に 驢馬のごとき男、もぐらのごとく雪をかく
宿屋の番頭 スキーに乗り提灯をもちてくる
せんべいを出し 何枚入れましょうといえば
四つんばいのまま 二枚々々と呼ぶ
二枚いれますといえば 口をアンとあく
宿のあかり見ゆるに ここより何町と問う
二間ばかりはいずりまた ここより何町と問う
玄関はどこだいという 番頭驚き逃げれば
他の番頭きたる 一の番頭二の番頭
ことごとく へいこうし
スキーを置けといえば 金ものがさびるよという
あつかましき怪物 後の驢馬 げらげらと笑う
うすきみ悪き怪物 百鬼夜行雪の上をはいずる
五色温泉より高湯へ
十二月三十日
高倉山へ行くつもりで仕度をしていると、ウインクレル氏から高湯へ行こうといってきた。天気さえ好くば二泊して、吾妻登山をやるかも分らないとのこと、坊城、松方、僕の三人はむやみとはりきってしまった。リュックサックに一ぱい用意の品物をつめて、十時半にウ氏の先頭、ヴンテン、孝ちゃん、坊城、松方、僕の五人が出発した。天気は非常にいい。賽の河原にくると周囲の山々が、はっきりと見えた。この上もなく美わしく輝くさまざまな朝の蜂々は、プロシァンブルーの空に、浮き上っている。冬の柔かな太陽の光線の下に眠れる谷々は、一方に濃い陰影を見せて、白く輝く面とその陰影とは、柔かい曲線と、男性的な線とを画いていた。米沢の平原が、その山を越えて見える。杖の先に、僅かにそれと黒く見えるのは、米沢市であろう。話声さえ雪に吸われてスキーの跡をつけるのさえすまない気がする。ああ目が覚めたようにまぶしい。太陽の恵みのもとに芽を吹き出す黒い土が天地の生命を表わすならば、雪の峰や谷は天地の聖き眠りを表わしている。純な柔かい感じのする雪の上に杖で字を書くと、雪の結晶が星のように一面に光っている。賽の河原から高倉の裾を廻るころ、東向きの雪がスキーにつき始めたので十五分ごとに先頭をかえて進んだ。高倉の裾をまわり切って、三段になったその頭をふりかえりながら進むと、谷に製板所の屋根が見えた。まっ白い兎が驚いて逃げて行った。もう十二時をちょっとまわっている。行手に高湯の賽の河原が見えるがまだよほどあるらしい。深い沢や谷が幾つもその間に横たわっている。行手を急ぐ身は、立ちながらパンを二片ほおばった。青き空の下に、輝く白い山々を見ていると、頭になにもない。ふだんから無い癖にといってくれるな。ふだんは腐った脳みそが入っている。万事は自然にゆだねた気持ちになるんだ。人間を信じない間ぬけな男に、これほど頭のさがる感じはない。暖かく心持ちよくスキーはシューシューと雪の上を行く。雪の下を流れる小川の水は非常にきれいだ。可愛らしい小川だ。谷を一つ越すと思わぬところに家が十軒ばかりあったが、どの家も、どの家も、雪が住んでいるばかりだ。やっと一軒人の住んでる家を見つけて道を聞いた。ここは青木山というところだそうだ。高湯へこの先の深い沢を越せば、たいしたこともないらしいという。だいぶ偉い沢に違いない。沢に近づくと太い山欅の林となった。その幹の間から遠い山々が見えて日本アルプスを思い出す高山的な景色である。松方はいもりのような喜び方をしていた。沢はなるほど深い。水の音がする。沢の雪の上には、ところどころに穴があいて、そこからはげしい水の音がする。今にも雪をくずして行きそうである。ウ氏はだいぶ考えていたがついに下りた。「泳ぎたいな」といったら「ここがいいです」とウ氏が指さした。穴のあいた雪の下を泡だった水が黒く流れて行く。たったいま目が覚めて、大いそぎで暖かい国をさして逃れて行くようだ。沢を登って石楠花を見た時は、なんだか嬉しかった。山岳気違いの証拠だ。沢はいくらでも出てくる。上へ上へと登って源を渡って行く。時々静かな雪の天地を木がらしがサーと針葉樹の枝をふるわせて通ると、ハラハラと落ちる雪が頬をうつ。風のわたる枝を見あげて、耳を澄していると、すぐ上でウ氏が「いい音ですね」と、やっぱり聞きほれていた。技巧を交えぬ音だ。雪と林のささやきだ。木の間越しに高倉の後に槍ガ岳のような山が見え出した。その山に目を注ぎながら、急なところで悠々と方向転換をやる気持ちったらない。沢を越えき
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