ると、ゆるい傾斜の雪の上に、ところどころに針葉樹が瞑想にしずんでいるように立っていた。この広い傾斜を下へ下った時に自分達は、ほんとうに驚かされた。山の上の広い雪の原に、五葉の松や樅がぽつりぽつりと取り残されたようにたたずんで、この白い傾斜のはてに、山が、遠くの山々が夕日にあかあかと燃えていた。雪の山が燃えるんだ。いや輝くんだ。そして空は、赤からオレンジとだんだん変って、やがては緑色までうつって行く。ああ自分は、いまこそ生きている。美の感じと、感嘆の叫びが、行きづまった時、自分は、蒸発して行くんじゃないかとすら思った。呼吸をすると、あの燃える山も、五色の空も、呼吸する。空間を越え、時を越え、狭い五感の世を越えて、今は、宇宙の源さしてとけこんで行く。スキーの足も自ら遅く、ヴンテンさんの影が五色の空の中へ遠くなるのもかまわず、うっとりと雪の平原を滑って行く。はてもなく歩きたい。何かいいたい。「まるでスイスだ」と行ったこともない自分は叫んだ。右手の小高い岳には樅の森が、この美に立ちすくんだように黒く見える。「いいな、たまらないな」という松方と坊城の独言がかなり後ろで聞えた。山がこんなに赤く燃えようとは思わなかった。そしてなんという静かな大きさであろう。スキーが静かに滑って、賽の河原にきたころ日はようやく暮れて行った。この峰からたくさんな沢が下って、その行手の平野に島のように見える山の右手に黒く見えるのが福島であろう。しかも下の谷には、一軒の家さえ見えなかった。「この見当でしょう。さあ行きましょう」とウ氏の姿は下へ下へ滑った。やがて一つの小川を渡った。五時を過ぎたばかりだのにもうよほど暗くなってきた。谷はようやく陰欝な闇に包まれて行く。右手には沢が出てきた。福島のあかりが遠く、かたまって光る。ややはなれて、もっと左によほど近く庭坂の光が見える。しかし暮れた山から陰気な谷をひかえて見えるあかりは懐しいよりも、やるせない気がする。どうも谷を間違えたらしい。「孝ちゃんどこへ行った」とウ氏が後から滑った。ヴンテンさんは、もっと上手だと主張した。上を見れば、さっきの賽の河原も、闇に僅かにりんかくが見えるばかしだ。ただ時々硫黄の匂いがする。「孝ちゃん、怒ったからもどりましょう」とウ氏がいう。「だれが」と孝ちゃんは闇で聞く。「ヴンテンさん」と意外な答に孝ちゃんは、闇に不平をまぎらして上へ登
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