に一面に光っている。賽の河原から高倉の裾を廻るころ、東向きの雪がスキーにつき始めたので十五分ごとに先頭をかえて進んだ。高倉の裾をまわり切って、三段になったその頭をふりかえりながら進むと、谷に製板所の屋根が見えた。まっ白い兎が驚いて逃げて行った。もう十二時をちょっとまわっている。行手に高湯の賽の河原が見えるがまだよほどあるらしい。深い沢や谷が幾つもその間に横たわっている。行手を急ぐ身は、立ちながらパンを二片ほおばった。青き空の下に、輝く白い山々を見ていると、頭になにもない。ふだんから無い癖にといってくれるな。ふだんは腐った脳みそが入っている。万事は自然にゆだねた気持ちになるんだ。人間を信じない間ぬけな男に、これほど頭のさがる感じはない。暖かく心持ちよくスキーはシューシューと雪の上を行く。雪の下を流れる小川の水は非常にきれいだ。可愛らしい小川だ。谷を一つ越すと思わぬところに家が十軒ばかりあったが、どの家も、どの家も、雪が住んでいるばかりだ。やっと一軒人の住んでる家を見つけて道を聞いた。ここは青木山というところだそうだ。高湯へこの先の深い沢を越せば、たいしたこともないらしいという。だいぶ偉い沢に違いない。沢に近づくと太い山欅の林となった。その幹の間から遠い山々が見えて日本アルプスを思い出す高山的な景色である。松方はいもりのような喜び方をしていた。沢はなるほど深い。水の音がする。沢の雪の上には、ところどころに穴があいて、そこからはげしい水の音がする。今にも雪をくずして行きそうである。ウ氏はだいぶ考えていたがついに下りた。「泳ぎたいな」といったら「ここがいいです」とウ氏が指さした。穴のあいた雪の下を泡だった水が黒く流れて行く。たったいま目が覚めて、大いそぎで暖かい国をさして逃れて行くようだ。沢を登って石楠花を見た時は、なんだか嬉しかった。山岳気違いの証拠だ。沢はいくらでも出てくる。上へ上へと登って源を渡って行く。時々静かな雪の天地を木がらしがサーと針葉樹の枝をふるわせて通ると、ハラハラと落ちる雪が頬をうつ。風のわたる枝を見あげて、耳を澄していると、すぐ上でウ氏が「いい音ですね」と、やっぱり聞きほれていた。技巧を交えぬ音だ。雪と林のささやきだ。木の間越しに高倉の後に槍ガ岳のような山が見え出した。その山に目を注ぎながら、急なところで悠々と方向転換をやる気持ちったらない。沢を越えき
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