の奮闘の悲惨と浮世はなれたこの神境の心よさとを感じて笑わないわけには行かなかった。あらゆる都の塵をすっかり洗った心持ちである。昼からいよいよ練習にかかった。宿の前の一町ほどは何の障害もない広場で、傾斜も自由に選べる。ことに雪にはだれの跡方もない。三人の庭であるようにむやみと滑った。小池は棒のごとくまっすぐになってくる。そして相変らず忍術を盛んにやって姿を隠す。そのあとにきっと孔があく。忍術と孔とは何かよほど深い関係があるらしい。小林は制動法の名手である。必ず馬にまたがるごとく落着きはらって滑走する。あれでせきばらいでもされたなら何千万の貔貅《ひきゅう》といえども道を開けるに違いない。板倉の滑り方はなかなかうまいもんだ。うそじゃない。本人がそういっている。雪の上に立って眺めると、遙か前面に鉢盛山がその柔かい雪の線を見せて、その後の雪は夕日にはえて種々な色を見せる。寒さなぞは考えのうちにない。暗くなってから家に入って温泉に入る。トンネルのような岩の下から湯が出ている。馬鹿にぬるいから長く入ってでたらめに声を出す。まだ二日ばかりしないと変に声をふるわす声楽家はこないので少し安心できる。いよい
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