くのではないから、柔道でつまずくのと同意義な、少し違うようなまた同じような意義になる。戸田は後光を背負っているようだがどこが光るやら。一間は確かに滑る。立って三尺、倒れて二尺、起きる時にまた一尺、しめて六尺だから、間に直すと六尺を六で割って、いんろくが六で、一間ということになる。計算に違いがあったら直してもいい。午後から大分雪が硬くなってつまらなくなった。戸田は進歩して三、四間滑るようになった。今日から一つ炬燵に五人ねることになったので、板倉は唐紙のそばに圧迫された。今日オーストリアの人が一人きたということだ。
十二月二十九日。九時半頃から滑りに出た。オーストリアの人は左手の公園で滑っていた。今日は宿の前は氷のように危険だ。原に行くことにする。二度ばかり坂を滑りおりていつもの傾斜に行った。心地のいい新しい雪の上を縦横に滑った。戸田は他人がいないのを幸い、六尺もあるスキーをなくして片足を雪につっこんで探している。こんな探しものは少なかろう。寒いだろうに御苦労様だ。
昼からは坊城と板倉と小林でむやみと急な崖を下りた。坊城が知らぬ間に一尺ばかりスキーが浮いたといって得意になっている。谷間に下りて向こうに登ると路に出た。板谷に行く急なところを図に乗って下りた。小林らは静かに登る炭焼き小屋の煙をめがけて下りて行った。坊城と板倉は途中で景色を見ている。前の谷をへだてて向こうの山の中途を汽車が大きな音をたてて蚯蚓《みみず》の歩むよりも遅く登っている。前後の機関車から吐く煙と共にこの静かな天地に音ばかり大きく響かして行く。見る間に雪におおわれたトンネルに姿が消えると雪の世界はもとの静けさに帰った。一分もすると遙か先のトンネルの出口に煙が出て、再びボッボッという音が、小さく見える列車から響く。それが実に面白い。二人は顔を見合わして笑った。小林は帰りにはスキーを抱えて汗をかいて登ってきた。スキーを抱えて雪の上を歩くのは気がしれない。おまけに、フーフー息をきったにいたっては沙汰の限りだ。帰りにさっきの崖を見ると真白な崖にスキーの跡が一人一人ついている。あんな急なところを下りたと思うと得意だ。もっと急なところにたくさん跡をつけてやろうと三人で急なところをえらんで登って行った。戸田と小池はさきに帰ったと見えて姿が見えぬ。四時半ごろ宿に帰った。この晩坊城が甘酒の罐詰を開けた。ほんとに好きなのは御当人と戸田ぐらいなものだが、例のがんばりで塩をむやみと入れたのでしょっぱくてはなはだ迷惑だ。小池らは胸が悪いからお湯をくれといって甘酒を侮辱したので、坊城の頭が傾いたと思うと断然うまいとがんばった。瘠我慢で戸田と二人でとうとう呑みほした。恐ろしいがんばり方だ。戸田はローマ法皇のような平和論者だからおつきあいをしていたが、坊城は唯一の味方を得たつもりで東京に帰ったら家に甘酒をのみにこいと誘っていた。いまに甘酒に中毒してさかだちしても駄目だ。
十二月二十九日。朝は昨日のところで滑る。昼から新天地を見つけに右手に入って行った。雪にうずもれた炭焼き小屋から煙が静かに上っている。みんなここで滑っているうちに板倉は一つ山を越えて向こうへ行った。いい傾斜があったと思って滑って行くと三尺ばかりの段があったので、知らぬ間に空中に浮いたと思うと下に落ちた。杖を力に倒れずにすんだので、大変得意でそのまますべって行ったら木を股にはさんで倒れた。そのうちに後の面々もかぎつけて柄にないジャンプを試みる。雪をけずって、無理にも空中に飛び上るようにして滑ってくる。板倉は一間ばかり空中に飛び上ったと思うと、二間もさきにいやというほどたたきつけられた。後の三人は人の痛さも思わず笑っている。坊城は飛び上る時から横になっているから空中に浮いた時は天勝の催眠術のようになって、それが地面にクチャリと落ちるのだから見ていて涙が出る。小林、小池もとより成功の見込みはない。制動法も朽木の倒れ方もジャンプには応用できない。戸田は神妙に傍で滑っている。大変うまくなった。足の方向はあんまり障害にならないようだ。日が傾き出したので帰途についた。途中まできた時にみんなさきに行って、ただ一人になった。彼方の山の雲はオレンジと灰色と紫と様々な色にいろどられた。真白な雪の上に顔を出した笹の葉ずれの音がさらさらと耳に入る。静かな、身をしめるような自然である。自然を眺めているのではない。自然から自分は、はえたようだ。杖をたてて手を口にあてて温めながら、この寂しい、しかも清浄な景に見とれた。今晩はしるこの罐詰にありつけた。こうなると鍋の底までなめる。甘酒とは大変な違いだ。小林は明日帰るので、大きな五色せんべいをあつらえて土産にする。そのついでにサイダーを飲んで干物をやいて火鉢をかこんで食った。
十二月三十日。小林は昨夜大眼鏡を
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