わなかった。話しはまたとぎれてしまった。各々の想いはまた各々の心のなかをひとりで歩まねばならなかった。
自分自身の心胸にもそのときはいろいろのことがおもい浮んだ。暗い、後ろめたい思想が自分を悩まし、ある大きな圧力が自分の心を一杯にした。そしてついに山は自分にとってひとつの謎ぶかい吸引力であり、山での死はおそらくその来るときは自分の満足して受けいれらるべき運命のみちびきであるとおもった。そしてそのとき自分のたましいのウンタートーンとして青春のかがやかなほほえみと元気のあるレーベンスグラウベとが心にひろがってきた。死ということをふかく考えても、それを強く感じても、なお青春のかがやかしさはその暗さを蔽うてしまう。わけて自分たちにとっては、山での死は決して願うべく、望ましき結果ではなけれ、その来るときは満足して受けいれらるべき悔いのないプレデスティナツィオーンであるからだ。そしてそのとき夜はますます自分たちの頭上に澄みわたっていた。かずかずの星辰は自分たちにある大きな永遠というものを示唆するかのように、強く、燦《あき》らかに光っていた。ひとつの人間のイデーとひとりの人間の存在というようなものがおのずと対照して思われた。すると、そのときだった。ふと夜空に流星がひとつすっと[#「すっと」に傍点]尾をひきながら強く瞬間的にきらめいて、なにかひとつの啓示を与えたかのように流れ消えた。万有の生起壊滅の理。突然そのときひとりの友の声が沈黙の重みをうちこわして、おおらかに放たれた。彼れはそのほのみえる顔に、溢《あふ》るるような悦びの色をたたえて言ったのだった。
「おい、俺たちはいつかは死んじまうんだろう、だけれど山だってまたいつかはなくなっちまうんじゃあないか。」
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このひとつの叙事文はこの通りのままの事実がそのままにあったのをそのままに書き表わしたのではないという事はお断りしなければならない。だけれどこの中に叙せられた山の上での経験についても、またこの中に織り込まれた会話体の部分についても、それらのものは皆実際にあったことである。ただそれらはそれぞれの時と場所を異にしていたという事にすぎない。それでここでは記述のうえの都合からそれを同じ時と場所に於て起った事象の如くに取扱かったのである。
私らの仲間はいつも集る度ごとに「山」について語った。それはいろいろの
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