の最中《もなか》に何とて人に逢う暇《いとま》が……」
 一たびは言い放して見たが、思い直せば夫や聟の身の上も気にかかるのでふたたび言葉を更《あらた》めて、
「さばれ、否、呼び入れよ。すこしく問おうこともあれば」
 畏《かしこ》まって下男《しもべ》は起って行くと、入り代って入って来たのは三十前後の武士だ。
「御目《おんめ》にかかるは今がはじめて。これは大内|平太《へいだ》とて元は北畠の手の者じゃ。秩父刀禰とはかねてより陣中でしたしゅうした甲斐に、申し残されたことがあって……」
「申し残された」の一言が母の胸には釘《くぎ》であった。
「おおいかに新田の君は愛《め》でとう鎌倉に入りなされたか」
「まだ、さては伝え聞きなさらぬか。堯寛《たかひろ》にあざむかれなされて、あえなくも底の藻屑《もくず》と……矢口で」
「それ、さらば実《まこと》でおじゃるか。それ詐偽《いつわり》ではおじゃらぬか」
「何を……など詐偽《いつわり》でおじゃろうぞ」
 よもやと思い固めたことが全く違ッてしまったことゆえ、今さら母も仰天したが、さすがにもはや新田のことよりは夫や聟の身の上が心配の種になッて来た。
「さてはその時
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