見える。そのすこし前までは白菊を摺箔《すりはく》にした上衣を着ていたが、今はそれを脱いでただ蒲《がま》の薄綿が透いて見える葛《くず》の衣物《きもの》ばかりでいる。
 これと対《むか》い合ッているのは四十前後の老女で、これも着物は葛だが柿染めの古ぼけたので、どうしたのか砥粉《とのこ》に塗《まみ》れている。顔形、それは老若の違いこそはあるが、ほとほと前の婦人と瓜二《うりふた》つで……ちと軽卒な判断だが、だからこの二人は多分|母子《おやこ》だろう。
 二人とも何やら浮かぬ顔色で今までの談話《はなし》が途切れたような体であッたが、しばらくして老女はきッと思いついた体で傍の匕首《あいくち》を手に取り上げ、
「忍藻《おしも》、和女《おこと》の物思いも道理《ことわり》じゃが……この母とていとう心にはかかるが……さりとて、こやそのように、忍藻|太息《といき》吐《つ》くようでは、太息のみ吐いておるようでは武士《もののふ》……実《まこと》よ、世良田三郎の刀禰《とね》の内君には……聞けよ、この母の言葉を,見よ、この母の衣《きぬ》を。和女はよも忘れはせまい、和女には実《まこと》の親、おれには実の夫のあの民部の
前へ 次へ
全32ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
山田 美妙 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング