ば透谷君は今日に比類少き好人物なり。彼れの中には一点の邪念なし。彼れは容易に人の言ふ所を信じ、容易に人の長所に服せり。彼れは人に対して最も深き同情を表し得べき人なり。かゝりしかば余は心より其|人《ひと》と為《な》りに服せざるを得ざりき。斯《か》くして二人の交は成れり。
 既にして君の文名は朋友の間に喧伝《けんでん》せり。君は先づ深邃《しんすゐ》なる批評家として著れ、更に無韻の詩人として著れ、更に理想的の劇曲家として著れんとせり。
 吾人《われら》皆望を君に属せり、而して君は吾人を舎《す》てゝ去れり。予は文壇に於て最も多く君に攻撃せられたり、私交に於て最も多く君に親しまれたり。
 君が痛酷なる論文を「文学界」に掲げて余を駁撃《ばくげき》したるより数日を隔てゝ君は予が家の薯汁飯を喫せり。余が君に遇ふや屡※[#二の字点、1−2−22]《しば/\》論駁の鋒を向けぬ。君は毫《がう》も之れに逆《さから》ふことなかりし也。
 嘗て予が住む所は竹越君の住む所に隣り、竹越君の住む所は透谷君の住む所に対せしことありき。三人時々往来して談笑す、常に※[#「丿+臣+頁」、第4水準2−92−28]を解かざること
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