るに止りて、国民の大師たる能はざる所以也。
吾人をして正直に曰《い》はしめば、世若し福沢君の説教をのみ聞きたらんには、此世に棲息するに足らざる者也。彼れの宗教は詮じ来れば処世の一術に過ぎず。印度《インド》の古先生が王位を棄て、妻子と絶ちて、樹下石上に露宿しながら伝へたる寂滅の大道も、己れの生血を以て印したる基督《キリスト》の福音も、凡《およ》そ天下の偉人、豪傑が生命を賭して買ひたる真理も、吾人は之を粟米《ぞくべい》麻糸《まし》と同じく唯生活する為の具として見ざるべからず。「天は人の上に人を作らず」てふ訓言は真理の一辺にせよ、之れが為めに最も高き人品は吾人の崇拝すべきものなり。最も偉大なる模範は吾人の畏敬すべきものなりてふ真理の他の一辺を忘却したらんには、吾人は常に碌々たる小人と伍せざるべからず。松島、宮島の美景は美なるが故に保存すべしと説かずして、日本の地は天然の美景に富むが故に、宜《よろ》しく世界の楽園となして、外人の金嚢を振はしむべしと説くに至つては、是れ天然の恩恵なる清風明月も亦|造鉄術《アーツ・ヲフ・マネイ・メーキング》の材料たるのみ。斯《かく》の如きの逼仄《ひつそく》なる天
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