》でもなく、またこの楼《うち》の者でも、ついぞ見た事のない女なのだ。自分の枕許《まくらもと》にピタリと座りながら、「もしもし」と揺起《ゆすりおこ》そうとするけれど、男は寝ながら黙って、ただ手で違う違うと示しながら、やや暫《しば》しその押問答《おしもんどう》をやっていたが、その間《あいだ》の息苦しいといったら、一方《ひとかた》ではない、如何《どう》いうわけか跳起《はねおき》る気力も出ないで、違う違うと、ただ手を振りながら寝ていたが、やがてまた廊下に草履《ぞうり》の音が聞えてガラリと障子が開《あ》くと、此度《こんど》は自分の敵娼《あいかた》の顔が出た、するとその拍子に、以前の女は男の寝ている蒲団の裾《すそ》を廻って、その室《へや》の違棚《ちがいだな》の下の戸袋の内へ、スーと入ってしまった、男もこの時漸《ようや》く夢が醒めたように身体《からだ》も軽くなったので、直《す》ぐ床《とこ》から起上《おきあが》って、急いでその戸棚をガラリ開けて見ると、こは如何《いか》に、内には、油の染潤《にじ》んだ枕が一つあるばかり、これは驚いて、男は暫時《しばし》茫然としていたが、その顔色が真蒼《まっさお》にでもな
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