た。更に一人に、漕ぎ返って、海津表七千騎の内三分の一を此方《こちら》へ廻せと命じた。この火急の場合、五里の湖上を漕ぎ返っての注進で、間に合いましょうやと尋ねると、いや別段急ぐわけでもない。只今長秀、賤ヶ岳へ援軍すると云えば、敵軍は定めし大兵を率いて来たものと察して猶予の心が出るであろう。其間に馳せ着けばよいのだ、と云棄てて直《ただち》に賤ヶ岳に上った。賤ヶ岳では折柄悪戦の最中であるから、長秀来援すと聞いては、くじけた勇気も振い起らざるを得ない。盛政の方では長秀|来《きた》ると聞いて、気力をそがれて、賤ヶ岳を持て余し気味である。此時刻には、秀吉の大軍も木の本辺に充ち満ちて居たのである。先発隊は田上《たがみ》山を上りつつあったのであるが、そのうち誰云うとなく、盛政の陣中で、秀吉来れりと云って俄《にわ》かに動揺し出した。拝郷五左衛門尉、盛政にこの由を報ずると、「慌《あわ》てたる言葉を出す人かな、秀吉飛鳥にもせよ十数里を今頃馳せ着け得るものにや」と相手にしない。処が弟勝政、不破彦三の陣所からの使は、美濃街道筋は松明|夥《おびただ》しく続いて見え、木の本辺は秀吉勢で充満すと見えたりと報じたので、
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